狐の嫁入り

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之助は洋子と暮らし始めて、これまで一度も味わったことの無い幸福感を得た。之助は病で体調が優れない日が続いたが、洋子は優しく、之助のために尽くしてくれた。この幸せな日々は、仕事では味わえない充実感だった。 そしてある日、平凡で、何事もない一日に之助は告白した。 「洋子、私と結婚してくれないか」 「はい。もちろんです。之助さん」 こうして、之助と洋子は、結婚した。幸せの絶頂だった。そして之助は結婚式を開かないかと洋子に言った。大工仲間たちも集めて盛大にやりたかった。死ぬ間際の些細な夢だった。しかし、洋子はそれを拒否した。 「どうして結婚式に出たくないの?」 「ごめんなさい、どうしても結婚式には出たくないの」 「そうか、なら仕方ないね。君が嫌だということは私もしたくない」 あの之助が結婚したという噂は、瞬く間に広まっていった。もちろん噂になるのは相手がどんな女かである。しかし洋子はあまり表に顔を出さず、毎日家にいることが多かった。それもそのはず。毎日之助を看病しなければならなかったからだ。 そんなある時事件が起こった。 洋子は、外に出るタイミングがある。それは洗濯物を外に干す時であった。その時に、之助の大工仲間の奥さんである野次馬の美津子おばさんが洋子の姿を被写体に収めようとカメラのフラッシュを炊いた。そこに映ったのは、真っ白な狐であったのだ。 「ぎゃー!!」 「何事だ!」 之助は昼寝をしていたが、大声で家から出てきた。 そこには尻もちを着いた美津子おばさんが真っ白な狐を指さしていた。 「あの狐、女に化けていたのよ!!」 その声とともに、真っ白な狐は、その場から立ち去ろうと素早く逃げようとする。 「待て!洋子!」 その狐に向かって之助は叫び、呼び止めた、 「私は、君が薄々そうなんじゃないかと思っていた。でも、それでもいいと思っていた!君が何者でも私は君を愛している!」 そう之助が言うと、真っ白な狐の姿をした洋子は、人間の姿に化けて戻った。はだけかけた着物を直し、目には涙を貯めていた。 「之助さん、、、本当?」 「本当だ」 之助はそう強く行ってから、洋子の元へ近づき、抱擁した。 「良かった、、、ありがとう...」 「そんな、、之助あんた!その狐に騙されてるわよ!!!」 と美津子おばさんが叫ぶ。 「彼女は、騙したりなんかしない!」 それを之助は制した。之助は誰に何を言われようとも、洋子を庇った。 しかし、瞬く間にその噂は広がり、之助を見る周りの目は変わっていった。病気でおかしくなった可哀想な人という扱いで、狐と一緒に村から追い出せという意見が村の総意となっていった。そうじゃない者もいたが、狐の怖さは誰もが知っていて、誰もが恐れていたので口出しはできなかった。 「之助さん、ごめんなさい私のせいで」 洋子は之助にずっと謝っていた。 「いいんだ。洋子といられればそれで十分だから」 しかし彼女は、少し不満げな顔をした。そして、言いずらそうに間を開けてから、口を開いた。 「之助さん、私は洋子って名乗ってたけどそれは里で決められた人を騙すときの作られた偽名なの。だから私は本当の名前が欲しい。あなたに新しい名前を名付けてもらいたい!」 それは、切実な人としての、願いだった。人になれば誰しもが欲しいと思う自分の名前。そして一生その名前を背負っていく。そんな名前という物。之助はそんな重大なものを自分が決めていいものかと思ったが、すぐにこれというものが思いついた。それは、彼女と初めてであった時の印象から連想した名前だった。彼女の肌の毛並みの輝くような白さから。 「白輝、、君のその輝くような白さから考えたんだけど、どうかな?」 「白輝、、、いい名前。ありがとう」 彼女はその言葉を、深く味わうように、そして胸に刻むように何度も言い重ねた。その姿だけで心底喜んでいることが伝わった。
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