ぼくらはスカートが穿きたい

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 渋谷を歩いてる時、プロデューサーに声をかけられてぼくはアイドルになった。まるで物語みたいな出来事だったけど、現実はただの女子高生をシンデレラにしてくれる都合のいい人なんていない。ステージだけは用意してやるから、売れるも売れないも自分次第っていうのが関の山。  だからSNSでの発信は当たり前。ライブ配信もみんなやってる。でもそれだけで売れるほど甘い世界じゃない。  だからぼくは、スカートを穿くことを捨てたんだ。 「あー! 今ぼくのこと『アキラちゃん』って呼んだの誰? すけさん……もう〜、ぼくがそう呼ばれるの嫌いだって知ってるだろ? 『アキラくん』ってちゃんと呼んで。じゃないとグーパンお見舞いしちゃうぞ☆」  誰もいないリビングでスマホのカメラに向かって可愛く拳を突き出す。待ってましたと言わんばかりにコメ欄が『やられたー』だの『気をつけま〜す』だのと動き始める。この“戦略”を取り始めてから、一桁と二桁の間をフラフラしてた視聴者数は百人を超えるようになった。駆け出しの地下アイドルにしてはまずまずの数字だと思う。 「じゃあそろそろ時間だから……何? 『まだ終わらないで』『寂しい』? 嬉しいこと言ってくれるじゃん! けど宿題やらないとだからさ。今度のライブ、今日紹介した仮面ライダーのシャツ着てくから、楽しみにしてくれよ! それじゃ!」  スマホの配信停止ボタンを押すとどっと疲れが出た。配信のために広げた仮面ライダーグッズを片づけていく。そこへリビングのドアをコンコンと叩く音が聞こえた。 「アキラちゃん、もういいかな?」 「あ、はい。すみません、長い間使わせてもらっちゃって」  ドアを開けて入ってきたのはぼくの叔父さんだ。実は今ぼくの両親は車の事故で入院してる。幸い命に別状はないんだけど、一人で生活するのは大変だろうからって、お父さんとお母さんが退院するまでは叔父さんの家に厄介になっていた。マンションの一人暮らしだけど、ぼくのアイドル活動のことも応援してくれてて、家でのライブ配信も綺麗なリビングでやらせてくれてる。 「仮面ライダー、まだ好きなんだ。相変わらずいい趣味してるね!」 「どうも。ちょうどいいので最近また収集してます」 「ちょうどいいって?」 「ぼくって歌もダンスもパッとしないじゃないですか。だからキャラ付けしないとやってけなくて……。それでプロデューサーから、背も高いし名前も中性的だから、男の子になりたい系で攻めればいいって言われたんです。だから……」 「ふぅん? だからアキラくんって呼んでなんて言ってたの。あ、ごめん! ちょうどトイレに行く時に声が聞こえちゃって」  LGBTとかポリコレとか、今は何かと多様性が叫ばれる時代。男の子になりたい系アイドルっていうのも令和っぽいって言われる。ファンの中にもトランスジェンダーの友達を持ってるとか、自分自身がトランスジェンダーなんじゃないか疑ってるとかって人も結構いて、肩身が狭い思いしてる人達の救世主だなんて持ち上げられてる。  プロデューサーの言った通り、キャラ付けとしては大成功だ。ちょうどぼくはふりふりのドレスよりもクールなパンツスーツの方が似合う顔立ちだから、なおさら共感を集められる。 「でもさ、アキラちゃんって男の子になりたいんだっけ?」 「まさか。高校だって制服の可愛さで選びましたし」 「だよねぇ。そういうの辛くない?」 「別にただのキャラ付けですから。いるじゃないですか。クイズ番組で珍回答する馬鹿キャラとか、変な設定つけた痛い系キャラとか。そういうのですよ」 「うーん、まぁ、アキラちゃんがいいならいいんだけどね」  いいんだ、これで。どんなに懸命にアピールしても数人しか集まらない場所でライブ配信するのに比べたら。 「そうだ! 僕そろそろ新しいシューズを買いに行こうと思うんだけど、一緒にどう? アキラちゃんのシューズも破れてきたって言ってたでしょ?」 「はい。むしろ助かります。実はどのメーカーがいいのかとかわかってないので」 「じゃ、決まりだね! 今から行こう! 着替えてくるから待っててね」  叔父さんは元気に言うと、いそいそと部屋から出ていった。  叔父さんはプロのダンサーだ。その昔は色んな有名人のライブでバックダンサーをしてたんだって。ぼくが中学生になる頃にはモダンダンスの教室を開いたらしくて、その講師をしてる。そんな人とシューズが選べるのは正直ワクワクした。 「お待たせ! 着替えてきたよ!」 「えっ……」  叔父さんがGUのGUの地味なチノパンを脱いで、気合全開の格好で戻ってくるまでは――
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