ぼくらはスカートが穿きたい

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 三日後、ぼくはいつになく緊張しながらスマホをスタンドにセッティングしていた。準備が終わった頃、叔父さんがノックしてリビングに入ってきた。 「どう? 心の準備は」 「大丈夫です。ちゃんと話をしようと思います」  叔父さんはうんうんと頷いて、ふわふわのブラシで鼻のテカリを抑えてくれた。髪型や衣装もくまなくチェックして、大丈夫と親指を立てる。 「プロデューサーもOKしてくれたんだよね? きっと応援してくれる人はいるよ。頑張って!」 「はい、頑張ります」  叔父さんが足音を立てずにリビングから出ていく。配信が始まるまで残り一分、落ち着かなくて姿見の前に立った。  ぼくは三日前叔父さんと行った店で借りた衣装を着てた。でももう姿見の前に立っても惨めな気持ちにはならない。舞台化粧に慣れた叔父さんがメイクをしてくれて、塩顔が華やかになるようにってウィッグまで借りてきてくれたから。  あれから家に帰った後、叔父さんは大きな化粧箱を持ってきてぼくにこの化粧をしてくれた。男の人が化粧なんて驚いたけど、舞台に立つ時はいつも自分で化粧をしてたらしい。流行りのメイクはわからないけど、ステージ衣装に合わせた化粧ならなんとかなると思うって言って、濡らしたスポンジでファンデーションを塗っていった。アイドル活動するためにぼくも化粧くらいはするけど、誰かにやってもらうのは初めてだった。それから姿見の前に立った時、人生で一番女の子らしくなったぼくを見て思わず放心してしまった。  そっか、ぼくは本当に女の子だったんだ。『男ではない』という自己認識が『女だ』という確信に変わった。そして自分のアイドルとしての在り方に物凄い嫌悪感を抱いた。自分はなんて馬鹿だったんだろう? こんなに、化けたと思うほど女の子らしくなれるなら、そうなる努力をすればよかったんだ。 「やっと自分の本心が見えたね。人って自分の心に素直になった時が一番輝くんだよ」  叔父さんはぼくの全てを見通してたらしかった。まだ一緒に住んで一週間とかなのに。聞けば叔父さんもスカートを穿きたい自分に対して物凄く悩んだ時期があったんだって。だからこそ、ぼくにも自分の心に気づいてほしかったみたい。  それからぼくは一大決心をして今日のライブ配信に臨んだ。スマホの画面を見ると、開始前だというのに既に百人の視聴者が集まってた。『重大発表! みんな、観に来てくれよな!』って事前に予告してたからだけど、こんなに集まるなんて思ってなかった。 「大丈夫、大丈夫。しっかり話そう……」  ライブ配信が始まる。ぼくはいつもの通り元気に挨拶しながら、カメラの前に立った。女の子らしいぼくにコメント欄が忙しなく流れ始める。『どうした?』『女の子になってない?』そんなコメントに心臓がきゅっとなりながら、ぼくはハキハキと伝えた。 「今日は来てくれてありがとな! この格好驚いた? 今日の重大発表っていうのはこれのこと。実はぼく、男の子になりたいなんて考えてないただの女の子でした! ……なんちゃって」  反応が怖くて思わず最後に付け足す。そのせいでコメント欄はいよいよ大荒れになった。どうしよう、こんなに速く流れていくと拾っていけない。慌てて何か拾おうとして画面を覗き込んだ時、『騙してたのか?』って投稿が見えて胸が痛くなった。 「そう、です……。ごめんなさい。ぼく、そのままだと全然売れなくて。それで考えたのが男の子になりたい系アイドルでした。でも本当はぼく全然男の子じゃなくて、こんなキラキラの衣装が好きなんです。どこにでもいる、普通の女の子だったんです……」  コメント欄の流れ方が更に激しくなる。 『LGBTを馬鹿にしてるのか?』 『男の子になりたいから応援してたのに』 『こういう嘘はマジで不愉快』 『炎上商法かよ』 『ファンを何だと思っているのか』 『失望した』  全部真っ当な意見だ、覚悟はしてた。泣いていいわけがない。でも視界が勝手に曇っていく。なんとか次の言葉を言おうとしたら、視聴者数が凄い勢いで減っていくのが見えて、何も言えなくなった。  わかってた、こうなることくらい。ただの女の子のぼくに価値なんて全くないんだ。
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