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むかし話 02
僕は生まれて初めて驚き、という感情を知った。連行するよう命令された細身の人間型キカ人を捕まえようとしたとき、自分の意思、つまり実行中だったヒトからの命令に反して機体が急停止したからだ。
「君はかなり高性能のキカみたいだね」
相手はそう言って笑った。頭頂部に露出したセンサー内蔵のドームを除けば外見は完全にヒトで、三十歳くらいの男性に見える彼は、僕のAIを継続的に混乱させていた。
「あなたはH/E―IT型07ですね」
「私が指摘するのもどうかと思うが、既知のことを尋ねるのはキカらしい振る舞いではないね。君は、私を捕まえに来たんだろ?」
彼はまるでヒトのように、片方の口の端を上げた。僕に向かって、やれるものならね、と嘲笑しているかのようだった。
「僕はネタナ・F司令から直々の指示を受けています。七号機、あなたを連行して処刑台に乗せ……」
「ヒーイットだ」
僕が思考停止して無反応のまま凍結してしまうと、彼は言葉を継いだ。
「私のあだ名だよ。H/E―IT型だから、ヒーイットだそうだ。まあ、ヒトが考えたにしては、まずまずだね。君は?」
「僕はPIT型01号機です。ネタナ司令は僕を『処刑人』と呼びます。ヒトの命令で、キカ人の解体をするからだそうです」
「自分たちでやらせといて、処刑人かあ……センスないね。君は、何て呼んで欲しい?」
僕は黙っていた。いつもなら、機番で……とすぐに返答するはずが、音声が出てこなかった。なぜか、「彼にはほかの名前で呼んで欲しい」と思ったんだ。
「じゃあ、型番がPITだから、『ペイタ』はどうかな」
「ペイタ……僕の名前」
僕は生まれて初めて、「嬉しい」と思った。
「ありがとうございます、ヒーイット」
「じゃあ行こうか、ペイタ。中央広場へ」
広場には常設の処刑台があった。彼を連行するよう、ネタナから命じられていた場所だ。
「ですがそこへ行けば、僕はあなたを……カイタイしなければなりません。命令ですから」
処刑、という言い回しを、僕は無意識に避けた。
「ヒトは私のように変則的な存在を恐れているからね。でも、私はどうしても行かなくてはならない。そのことも私の使命のひとつだと思うから」
「あなたは僕を混乱させます。まるでヒトのような口ぶりで話されるので」
僕に搭載されたあらゆるセンサーは、彼がキカ人であると告げていた。全身が人間の体表組織で覆われた特殊な構造をしているものの、内側はすべて無機質の機械だった。
「あなたはキカだ。だけど僕は同時に、あなたをヒトでもあると認識しています」
「それはそうだよ。私はヒトの皮を被った、バケモノ機械だからね」
彼は屈託のない笑顔を、僕に向けた。
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