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「参ったな……」
目を何度もぱちぱちとさせているうちに、少しずつ視界はクリアになっていった。
そこがだだっ広い場所で、複数の人間がいると言うのは分かってきた。
「やあ、あなたも参加ですか?」
僕にそう話しかけてきたのは、背の高い紳士だった。
柔らかな笑顔から余裕を感じる。場慣れしている、と言う感じだろうか。見たところ年は僕よりかなり上の様だった。
「え、ええ」
「仕方のないこととはいえ、目隠しを外された直後は慣れないものですな」
「そうですね。目がちかちかします」
「まあ、五分もすれば収まりますよ。私の経験上ね」
「はあ、ありがとうございます」
柔和な笑顔。しかし、その目は確実に僕を品定めしていた。
今の時点でそんな事をしても無駄だとは思うのだが。
「今回は魅力的なレディも多いようですよ」
僕の呆れ顔に気付いたのか、あるいは品定めしていることに気付かれたくないのか、ともかく紳士はそう言って僕の顔へと視線を戻してにこりと笑った。
「ほんとですか? みんなどこから来たんでしょうねぇ」
「さあ。私の知る限りでは日本各地、としか」
「日本各地……」
「まあ、こういう機会もなかなかないもんですからな」
「そうですね」
紳士との話がひと段落したその時、会場内に声が響き渡った。
「皆様、お待たせいたしました。本日の参加者がお揃いになられました。それではいよいよ、開会させていただきます」
その言葉は会場に設置されたスピーカーから出ている。
恐らく別の部屋にいるであろう声の主の姿は見えない。
会場がにわかにざわめき始めた。
全ての明かりが同時に消え、一瞬会場内は暗闇に包まれる。
そして次に響き始めたのは機械音だった。その音に合わせ、会場内からは呻き声が漏れ始めた。
見上げれば、そこには一筋の裂け目があった。天井が開き始めている。
無機質な黒の向こうに見える夜空と、そして夜空に真円を描く白々とした月……。
差し込む月光に、僕の心臓が大きく一つ脈打った。
「ぐっ……ぐああ……」
紳士の呻き声。胸元を抑え、天を仰ぐその眼は真っ赤に染まっている。
それは僕の体にも訪れ、体中に熱い血が駆け巡るのを感じた。
やがて会場内の呻き声が甲高いものに変わっていく。
そして、僕の目の前には銀色の体毛に包まれ、何倍にも膨れ上がった、かつて紳士だった男の姿があった。
「この姿になるのは、久しぶりですねぇ」
長い口吻、そこから見える鋭い牙。鋭くとがった耳。銀色のふさふさとした尻尾がゆっくりと揺れている。
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