気付いてしまったら、終わり

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「やあ、プロデューサー。なかなか賑わってるようですな」 「これはこれは社長。  お陰様でアイドルグループ『アビス13』のライブは大盛況ですよ」 「それは何よりだ。君がプロデューサーで本当に良かったよ」 「そう言って頂けて光栄です」 「今日はまた特別だな。この新しいコンサート会場のお披露目も兼ねてるしな」 「ええ。大成功ですよ。何もかも」 「うむ。色々と大変だったと思うが、よくやってくれた」 「はは、どうも。  でも、正直なところかなり不安もあったんですよ。  大きな金が動いてるんだから、失敗は許されないでしょう」 「まあな。だが、君はこのグループを成功に導いた。素晴らしい手腕だ」 「いやあ……それもこれも、センターの仙田夢梨(せんだゆめり)のお陰ですよ」 「ああ……2代目センターのあの娘か。彼女、見事に化けたなあ」 「ええ。以前の彼女は見た目の可愛さだけが売りでしたが、  今の彼女は歌唱力、ダンス、愛嬌、全てが揃ってますよ。  人気・実力ともに抜群です」 「ふむ。一年間の休養という形をとった甲斐があったな」 「ええ。お陰で、自然な形で復帰させることが出来ました」 「当時は世間から色んなことを言われたなあ」 「まあ仕方のないことですよ。  人気アイドルグループのセンターがいきなり体調不良でしばらく休養する、  なんて報道されたら、世の人間は勝手な邪推をするものですから」 「妊娠説、自殺未遂説、行方不明説……なんて出てたかな」 「そうですね。しばらくは色々言われてましたね」 「はっはっは、そうだそうだ。  あの時はどうなるかと思ったが、ちゃんと代わりが用意できて良かったよ」 「ええ。今の仙田夢梨は優秀ですよ。  元々、実力はある方でしたからね。顔を変えるだけで済みました」 「……それに何より、物分かりが良い。実に良い娘だ」 「ええ、そうですね。仰る通りです」 「しかし……一体どうやって彼女を説き伏せたんだ?」 「割と簡単でしたよ。  このままだと表舞台に立てることは一生無い、と最初に突き付けたんです。  その代わり、仙田夢梨になれば  アイドルグループ『アビス13』のセンターになれると言ったんですね。  そしたら応じてくれたんですよ。まあ、少しは考える時間を要しましたがね」 「そうだなあ。それまでの人生と引き換えだからなあ。  そう簡単に決断出来なかっただろうなあ」 「ですが、最終的には応じてくれました。  金はおろか家族も後ろ盾も何も無い娘でしたからね。  この業界で一発当てるしか道は無い、と本人もそう思ってたんでしょうね」 「ふふふ……悪い奴だな、君も。  彼女に限らず、わざとそういう人間ばかりを集めてるんだろう?」 「ええ、まあ。ですが、それは社長も同じことでしょう?」 「ははは、まあな。  しかしまあ、今は彼女もちやほやされて満足してるようだから良いが、  もしも初代のようなことになったらどうするかね」 「うーん……まあ、その時はまた別の手を考えますよ」 約一年前、人気アイドルグループ『アビス13』のセンター・仙田夢梨が突然の活動中止を発表した。 世間に向けては体調不良ということだった。 しかし、実際は彼女は事務所の社長とプロデューサーに活動の取り止めを申し出ていた。 『何もかもが虚しくなった。もう活動できない』と。 大人たちは青褪めた。 金の卵を産むニワトリがその使命を放棄しようとしているのだ。 大人たちは懸命に彼女を説得した。 活動継続の褒美として、望むものは何でも与えようとした。 しかし、彼女の心は変わらなかった。 それどころか、これまでの“営業”のことを世間にバラしてやるとまで息巻いていた。 社長とプロデューサーは戦慄した。 『アビス13』の成功の裏には彼女の……否、彼女たちの“営業”が大いに関わっていた。 そのことが世間に知られたら、芸能界はおろか財界・政界にも話が及んでしまう。 そうなれば、お偉方の厳しい視線は事務所の社長及びプロデューサーに向けられてしまう。 だから、彼らは決断を下した。 彼女を始末するしかない、と。 時を同じくして約一年前、アイドルを目指していた一人の女性がひっそりとその存在を消した。 天涯孤独の身で交友関係も希薄だったので、彼女の失踪を気にする人間は居なかった。 「ところで、初代の方の始末は本当に大丈夫なんだろうね?」 「ええ。この建物の下に埋まっていますから。  もし、発見されることがあるとしても何十年も先のことになるでしょう。  その頃には、彼女を知ってる人間なんて誰も居ないですよ」 「ほお……この建物の下、か。いつか、彼女が化けて出てこないと良いんだがな」 「ははは、化けて出てきたところで幽霊に何が出来るって言うんですか」 「それもそうだな。ははは」 二人の男性が最上階から見下ろすコンサート会場。 そこでは、何人もの女の子たちが舞い踊っている。 彼女たちを応援するファンの声援が鳴り響いている。 煌びやかで賑やかな眩しい世界。 そこにある虚しさに気付いた時、全ては終わる。 (終)
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