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チャプター98
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その頃、堀口正家はついに国元の本陣がある町に足を踏み入れていた。
「利兵衛殿、まことにかたじけない」
軽輩の士が住まうあたりに来たところで足を止め正家は改めて礼をのべる。すでに彼が助之進の父であることは言葉を交わすなかで明らかになっていた。
「礼をのべられるのは早すぎましょう。また、それがしは公儀にしたがう身、拙者の上役への報告が貴殿の家中に不利を招くやもしれませぬ」
「それでも、ここまで来られたのは貴殿の御子息と貴殿のお陰。お礼をもうしあげまする」
たしなめるような利兵衛に対し正家はただただまっすぐに感謝を露わにする。
「過分のお褒めの言葉、恐悦至極でございます。愚息もよろこびましょう」
「それではまいりましょうぞ、利兵衛殿」
一拍の間、利兵衛は戸惑うような表情でいたが、正家は既に利兵衛を完全な“仲間”として扱っている。
それを察した利兵衛は、やりにくい。助之進は扱いやすい子だったのだな――と苦い思いとともに実感した。しかし、ここに来て帰るわけにもいかない。ましてや、自分の子供の命がかかっているのだ。
先に歩き出した正家につづき、組頭の屋敷の前へと移動する。正家が訪いを告げようした刹那、空気を裂く音がした。
途端、利兵衛は一陣の風を化す。その彼よりも速く銀光が動いた。
かつ、硬質な感触が手もとにつたわる、と同時に弾かれた棒手裏剣があさってのほうこうに飛んで落ちる。
「敵襲でござる」
「藤兵衛、坂本藤兵衛はおるか」
利兵衛の鋭い声に正家はすばやく最善の行動をとった。
「なんでござりましょう」
やや迷惑そうな顔で下男が表に姿を現す。
「余は堀口正家、堀口家当主の次男だ。今、家中の奸物の奇襲を受けておる」
「わ、若様だと」
正家の口上に下男は驚天動地といった顔つきをした。
そんな彼らの側で飛来した手裏剣を利兵衛の剣が電光の速度で防ぐ。その音を耳にして、さらに下男の目が見開かれる。
「とりあえず中に入る、よいな」
「む、むろんのこと」
「そなたは藤兵衛を呼べ、頼みたき儀がある」
「へ、へえ」
戸を開けたまま下男が慌てふためいて引っ込んだ。
そこから正家と利兵衛もなかに入る。彼らを追いかけるように手裏剣が飛び、木材に突き立つ音がひとつふたつと聞こえた。
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