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チャプター4
志乃が誰か別の男のもとに嫁ぐのは嫌だ。このまま離れ離れになるなど我慢ならない。
しかし、相手は旗本の長男だ。貧乏御家人の次男に太刀打ちできるはずがない。考えるまでもなかった。
そもそも、それがしには人としての“価値”などない――。
剣の道に邁進するようになってからは久しく忘れていた考えが助之進を支配する。
無駄、無為、無価値、そんな自分がどうして志乃を娶ることが許されようか。晴幸に志乃の縁談の話を聞いてから数日、彼は暗い思いに囚われたまま数日を過ごした。
寝て、覚めて、朝餉をとって、と思えば夕餉の刻限になり。
時間の経過が過ごしている間はひどく長く感じるというのに、過ぎてしまうと存在していたのかと疑いたくなるほどにあっという間に去ってしまった。
その間(かん)、やはり剣のほうの不調はつづいている。
打たれ、打たれ、打たれ、幾度も打たれ、それをくり返していた。まるで、自分が案山子かなにかになり代わってしまったのかと錯覚ほるほどに剣先は鈍い。
親しい門弟の誰もが、「どうした」「なにか仔細があるのか」「病身なら無理をいたすな」と助之進を気づかった。
だが、そんな言葉がかえって今の助之進の気分を深く沈ませる。
自分にはそんなふうに他人に心配される資格はない。負の思考に支配されると、どんな物事ですら不利に考える材料となってしまう。
志乃ですら助之進は避けてしまっていた。いや、むしろ細心の注意を払ってふたりきりの状況を避けている。
縁談の話が真実であると告げられるのが怖かった。
そして、そんなふうに逃げずにいられない自分の弱さがさらに助之進の気分を塞がせる。剣の腕をいくら磨いたつもりになっても、結句のところ少しも“強く”なれていない――。
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