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チャプター8
3
月曜日の放課後、学校から帰った公彦が向かったのは市内に迂回するようにつづく道を十キロ行ったところにあるカラオケ店だった。ゲームセンターが併設された施設で、ここら一帯では数少ない娯楽を供する場だ。
そこにすでに弾を乗せてきたであろうリムジンが止まっている。運転席には初老の男性の姿が見え、こちらを向くと目礼したのでこちらも頭を下げ返した。
弾の家は相当の金持ちだ。ただし、営んでいる商売に問題があった。新興宗教だ。弾の父は教祖として宗教法人を運営し荒稼ぎしているのだ。その結果が、運転手付きで未成年が自由に乗り回せるリムジンだ。周囲から浮きまくっているが、運転手は忠実な犬が主人を待つ風情でシートから動かない。
と、そこにバイクが姿を現す。バイクを下りて公彦の側まで車体を押してきた相手は、目の前でヘルメットを脱いだ。公彦の人生の危機を救った活志だった。
「よっ、待たせたか」「いや、ほぼジャストだ。意外に時間に正確なんだな」
「裏の商売は、表以上に時間の厳守は欠かせねえからな」
何気ないやり取りにとんでもない発言が飛び出す。が、公彦は別段、気に留めない。それが意外だったのか活志が眉根を寄せた。
「いっておくけど、これから紹介する奴は新興宗教の教祖の息子だ。そして俺は変人、変わり者を拒絶しない主義だ。大体、ふつうの奴なんてつまらないだろ」
「なるほど、いわれてみればそうだな」
納得がいった、と活志は二度三度とうなずいた。それから、活志を連れてカラオケのカウンターに行き、待ち合わせている旨を告げて弾が待っている部屋を教えてもらう。公彦は何気なく扉を開けた。
とたん、弾が椅子の上で、自分のひざの上に見知らぬ若い女性を乗せて濃厚な口づけを交わしているという光景に遭遇する。刹那、公彦は無言で即座に扉を閉めた。
「今の、なんだ」裏世界の住人である活志も半ば呆然とした態で声を発する。
しばらくすると、今度は内側から扉が開きほおをやや赤くした女性が伏し目がちに出てきてそそくさと立ち去った。
扉が閉まる前に手をかけて今度こそ公彦は中に入り、それに弾がつづく。
「おまえ、待ち合わせ時間決まっているのになにやってんだよ」
「カラオケでエッチってちょっとしてみたなあ、と思ってたところに好みの女性が来たから」
「だからって連れ込むな」本能のままにも程があるだろ、発情期か――。
「合流したあとはみんなで楽しめばいいじゃん」
公彦のツッコミに、弾が口もとを笑わせながら応じる。それではまるでハプニングバーではないか。が、弾の性格からすると今の発言は半ば以上本気だろう。家庭環境に問題があるからだろうがそのぶん、別の方面で奔放過ぎる友人に公彦はたまについていけなくなる。というか、ついていっては越えてはいけない一線を必ず越える気がした。
「誰がそんな変態みたいなことするか」
「4Pか、ちょっとそそられるなあ」
公彦が声を張り上げる一方で、活志がちょっと残念そうな声音で独語した。お前もか、脱力で声すら出せず公彦は活志をあきれ混じりの目で見た。ここには揃ってはいけない面子が顔を揃えたのかもしれない、そんな予感がした。
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