チャプター10

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チャプター10

「おまえって、理性的だけどたまに爆発するよなあ」  あきれと親しみの混じり合った顔で弾は感想をのべる。そんなことはいわれずとも俺自身がよくわかってると、と公彦はすこし不貞腐れた気分になった。 「その話を聞くと、女は少し可哀想だったかもな」  活志は肩をすくめてさほど感慨もない表情を浮かべた。 「この話もこれで終わり、それでいいな」 「そうだな、本題が進まないしな」  公彦の言葉に弾が同意する。この先に語る内容を考えて、ふたりの目は爛々と輝いていた。およそ真っ当な人生を送ってきた者が見せるまなざしの光ではない。 「その本題っていうのは」  活志の問いかけに、公彦は少し間を置いて応じた。 「日本に“アラブの春”を起こす」「民主化革命を? 民主主義の国に、なんだそりゃ」  活志が眉間にしわを寄せた。謎かけに悩む子どものような表情を浮かべる。 「いや、正確にいうとネット活用して若年層を煽動、中央省庁、特に厚生労働省を襲撃し、できるなら官僚を皆殺しにする」 「これは、“僕たち”の復讐なんだよ」  公彦の次に、弾が真剣な顔で言葉を発する。抑えきれない感情が声をかすかにふるわせた。  弾は、かつて自分が教団という環境を抜け出すために役所や各公共団体に助けを求めた過去があることを語った。金を搾り取られるだけ搾り取られて自殺に追い込まれる者、信者と縁者が諍いになる光景、そういった数々の修羅場を見て、小学生の頃の弾は父のもとから逃げ出そうとしたのだ。  ただ、この当時、虐待を罰する法律などなかった。戦前にできた人身売買を罰するための法がある程度だったのだ。虐待防止法の施行は泰平十七年を待たねばならない。しかも、それすらも不完全極まりないもので年に数十人から百人に及ぶ虐待死を招いている。あきらかになっている数がこれ、というだけで実際のところはその数倍の数であったとしても不思議ではない。  しかも、弾のケースの場合、例え虐待防止法があったとしても助けの手がさしのべられたかは怪しいものだ。「別に暴力をふるわれているわけでもないし」「やっぱり、お父さんはお父さんだろう」といったせりふとともに役所や警察をたらい回しにされた末に弾は教団に追い返された。面倒はごめんだ、そんな役人根性が弾の精神にどれだけの傷跡を残したかはいうまでもない。  近年、警察の検挙率の低下が憂慮されているか、これは以前はストーカー問題などを「民事だから」と見殺しにしていたものが、マスコミなどに叩かれてやっと刑事事件として扱うようになったためというのが原因のひとつとされている。問題は、認識され、それが処理されなければ社会的には存在しないのと一緒なのだ。それは虐待も、ワーキングプアもブラック企業の問題も同じだ。 弾には思想信条の自由という人権の基本に当たるものが与えられていない。そして、自由もまた奪われている。将来、教祖になるかはともかく、教団の一員として働くことを求められるのは確実だ。話を聞き終えた活志は感想は口にしなかったがしかめられた顔がその心情を物語っている。弾にとっては日本は民主主義国家でも、ましてや“いい国”でもありえなかった。 大体にして、異物を排除するという精神がそもそも民主主義の精神に大きく反している。いや、冒涜しているといっていい。村社会の意識をこの二十一世紀に持ち越しているのだからあきれたものだ。
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