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チャプター2
「授業で教師がここにやってくるまで、この部屋に人が来る公算はほぼゼロだ。それに携帯で助けを求めるのを許すほど、俺はマヌケじゃない。大体、“その手”でどうやって電話をかけるんだ」
自分の尻尾を必死に追う犬ほどの知能しかない相手を、たっぷりと皮肉を込めて表情で見下ろす。
「で、でも、時間が経てば誰かが」「それまで、お前が生きてる保証があるのか」
こちらの反論に、デブは驚愕の顔となった。存在するはずのないものを突然に目撃したかのような目でこっちを凝視する。どうやら眼前のバカは世の中に自分の価値観や倫理観とは逸脱した人種が存在すること高校二年になってやっと悟ったらしい。まってくもって、彼が払わされた授業料は代償に対して釣り合っていないだろうが知ったことではない。値段を決めるのは敗者ではなく勝者だ。歴史を作るのが勝者であるのと同じように。
刹那、腹に響く音が鳴った。その激しさは空気の振動が目で確認できそうなほどだ。公彦は相手の顔のすぐ側を踏みつけた。これ以上、手間をとらされると本気で殺したくなる。不意になったところで構わない人生だが、原因がこの目の前のデブというのはさすがに不本意だ。
硬直するデブを、公彦は冷え冷えとした表情で見据える。
「お前は、階段を転げ落ちて怪我をした、そうだろ」
静かに告げはしたが聞こえないほどの声量ではなかった。殺意を抑えるのに気力を削がれ、喉に力が入らなかったのだ。公彦は感情のコントロールが効かない。だからこそ、普段は理知的に理性的にふるまうことでみずからに拘束衣を着せなんとか強烈な暴走だけ抑制している。そして、こうして“溜めていたもの”を向けても構わないという者に対して爆発させる。
が、相手は、へ、と知性の足りない声をもらす。
「お前は俺にやられて怪我をしたんじゃない、足を滑らせて階段から転げ落ちた、そう教師や親に証言すれば生かしておいてやる。それが嫌なら、ここで死ね」
侮蔑を込めた声に、そんな理不尽なという顔つきをデブはした。
ダメ押しで片膝の皿を割った。次の瞬間、泣きながら「わかった、わかったから止めて」と相手は叫んだ。
けれども公彦のささくれ立った気分は収まらない。
いっそ、本当に殺そうか、と考えたところでポケットの中のスマートフォンが振動する。
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