十八 その後

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十八 その後

 その日の暮れ六ツ(午後六時*日没の三十分前)。  石田と小夜は吉原の石田屋に戻った。 「ただいま、戻りました」  玄関でそう言うと、慌てて主の幸右衛門と女房の美代(みよ)、番頭|佐平(さへい)と手代の富吉(とみきち)が取り次ぎの間に出てきた。 「義父上(ちちうえ)義母上(ははうえ)、如何致しましたか」  皆の慌てぶりに、石田と小夜は驚いた。 「ご無事で、何よりでしたっ」  美代が小夜と石田の手を握っている。心なしか目が潤んでいる。 「先ほど北町奉行所から、紀州屋の大捕物の知らせがありまして・・・。  ささ、夕餉に致しましょう」  幸右衛門も石田と小夜の手を握って涙ぐんでいる。  石田は、 「これは、御上からの礼金です。五両頂きました。喜助からは女房のお京さんを取り返した仕事の依頼に一両です。隅田村の仲間と、私と小夜で分けました。一両ずつです。  少ないですが、義父上に半分お預けいたします。小夜を帳場から連れだしたお詫びです」  石田は己の取り分の一両を幸右衛門に渡した。 「・・・・」  幸右衛門は言葉がなかった。  北町奉行所の知らせで、紀州屋で石田と小夜が用心棒十五人を相手に、大立ち回りをし、小夜が用心棒五人の腕を切り跳ばし、石田が九人の腕を峰打ちで叩き折った、と聞いていたからだ。  小夜が石田屋に下女奉公した当初、幸右衛門は、小夜が上州の百姓の娘と聞いていた。 その後、石田から改めて、小夜は上州の郷士の娘だ、と聞かされた。  幸右衛門は、小夜が単なる郷士の娘と思っていたが、紀州屋の用心棒五人の腕を切り跳ばした、と北町奉行所の知らせを聞き、驚きを隠せぬ幸右衛門だった。  小夜は単なる郷士の娘では無い。用心棒九人の腕を峰打ちで叩き折った石田は居合いの達人だから、それなりの事をするのは分かっていたが、小夜までが剣の達人だったとは・・・。幸右衛門は言葉がなかった。  幸右衛門の気持ちを察したように、女房の美代がその場を取りなした。美代も小夜の活躍を北町奉行所の知らせで聞いていたが、幸右衛門ほど動揺していなかった。いざとなると、男と違って女は強い。 「ささっ、店も混み合っていますから、夕餉にしましょう・・・」 「はあい、義母上」  小夜は、いつものように笑顔で美代に答え、幸右衛門や番頭の佐平と手代の富吉に微笑んだ。この小夜から剣の手練れなどの一面は微塵も感じられなかった。   その日の紀州屋の家宅改めで、抜け荷の証は見つからなかった。  その後の裁きで、紀州屋の主と番頭と用心棒、青葉屋の主と番頭に、磔と獄門の裁きが下った。紀州屋と青葉屋の裏家業を知らなかった奉公人たちには、五年の江戸所払いの裁きが下った。  女たちの拐かしと人売りの咎が連帯責任である事を思えば、奉公人たちに恩情をかけた北町奉行の思いが伺い知れた。  なお、廻船で関西へ移送された女たちは、堺の港で保護された。 (了)
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