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だけど逸らしてすぐ、「聖梨」と正面から名前を呼ばれて。目を合わせないまま、「なに」と小さく返事をした。
「こっち向いて」
「、」
「俺の目見て話して」
そう言われてしまえば、従うしかない。ものすごくゆっくりと視線を戻すと、視界にはまた和泉が映る。それがどういう表情なのかわからないけれど、和泉の目は、とにかく真っ直ぐに私を捉えていて。
その瞳の中には、私だけが存在している。
それから「聖梨」と、再び紡がれて思う。そういえばいつから、下の名前で呼ばないでと、こいつに言わなくなったのだろう。
だけど思い出そうとしても、思い出せなかった。
「……あんたのこと、ありえないって、思ってたから」
「うん」
「……だから返事は、断るのが当たり前だと思ってた。だってあんた、遊んでるし。そういうの直らないって、続けてるって、そう思ってた。だからただ、遊んでるからって、ほとんどそれだけの理由で断った」
それが理由でノーを提示することが、間違いだったとは思わない。ただ、私には少しだけ足りなかったのだ。
和泉の思いを、信じる気持ちが。
「でも、女関係切ったって聞いて、驚いて。だけどもう遅くって。そしたらあんた、前と違くなるし。……それはでも、そう、あんたが言った通り当たり前のことなんだけど。なんかやっぱり、変な気持ちがして……」
「うん」
「帰り道ついてきてうざかったはずなのに、勝手に同じ席座られて鬱陶しかったのに。それが全部、なくなって。……あんたに、もう興味ないって言われて、なんか、くるしかった」
「うん」
「…………意味、わかんない。あんたが近くにいると、今でも心臓変になるし。そんなの、呪われたとしか思えない……んだけど」
結局最後はそこに行き着く。呪いとか、そんなことがあるわけないのはわかっている。
それでも、篠原くんに話をした時よりも、随分と胸の内を明かせた気がした。
とにかく、伝えなきゃ、という思いが大きかったのかもしれない。
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