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「……それで、今に至るっていうか」
「お前の聞いてほしいことは、それでおしまい?」
「うん……今のところ……」
すると和泉は呆れたみたいに、ため息をひとつ吐いて。それから、「言っとくけど、お前のことなんて少しも呪ってねぇよ」と、やっぱり呆れたままそう言った。
「……うん……それは、わかってる」
「でも」
「……でも?」
すると今度は、何かを諦めたみたいな顔をするから。何を言われるかわからなくて、いろんな意味でドキリとする。
だけどだんだんと緩まっていく瞳に、あの日のような冷たさは少しも感じられなかった。
「呪ってないけど、思ってた」
それから、どうしたことか。呟くようにそう言った和泉の手のひらが、こちらに伸びてきて。そしてそのまま私の頬に触れる。
その瞬間、大きく胸が鳴ったのがわかった。きっと私の顔が今あついのも、伝わってしまっただろう。そう思えば更に、心臓の動きが速まる。
だけど……それより、なんで。
「なぁ、避けないの?」
「、」
「なんで?」
なんで、なんて。そう聞きたいのはこっちだ。どうして今日は触れてくるのって、私のほうが聞きたい。
とりあえず「……知らない」と和泉の問いに首を振れば、「あっそ」と短く返ってきて。だけどぬくもりは、まだ頬にある。たしかに、避けない私はおかしいのかもしれない。でも、からだは動こうとはしなかった。
和泉の手のひらは意外と温かい。それは前、和泉と夜を過ごした時に知った。再びあの夜のことを思い出して、もっと顔があつくなる。だけど目は、もう逸らさない。
というか、逸らせなかった。顔が特別良い男に見つめられれば、さすがに沸騰寸前までいってしまうわけで。なんで、って、そんな思考も溶け始めていく。
「……何を……、思ってた……の」
それでもどうにか話を戻そうとすれば、和泉が「ふ」と鼻で笑ったから、ちょっとだけ睨んでみた。
なのに。
「な、に」
「いや?」
「だから、何思って、」
「お前が俺のこと、好きにならないかなって」
その言葉でたぶん、心臓が今日いちばんの音を立てた。
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