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「和泉がこの前、後輩の女の子泣かせたらしいよ」
アルコールと香水の匂い。それから、好きに喋っているみんなの声に、グラス同士がぶつかる音。
この空間は、いろいろと騒がしい。
居酒屋の座敷に、男女が10人以上。長テーブルを3つほど占領している。
ごく普通のサークルの飲み会。そして、向かい側に座る華恵が、そういえば、みたいなテンションでそう放った。
「は、また?」
「そう、また」
「うわー」と、自然と口からこぼれる。だけどべつに、大して興味はない。ただただ、その後輩の女の子がかわいそうだな、と思うだけ。
深掘りをするに値しない。でも、華恵が続きを話そうとしているので、私は枝豆を口に放り込みながら、次の言葉を待った。
「どうやら処女だったみたい、その子。しかも、本気だったっぽいし」
「は、最低じゃん。かわいそ」
「ね」
「てか、あんなヤリチンに初めてを捧げるなんて、私だったら絶対無理なんだけど」
生ビールを喉に流し込む。驚きなんかよりも、圧倒的に呆れ。もちろん、後輩の女の子に対してではない。
この手の話を聞く時、いつも思う。
遊ぶ相手は、ちゃんと選べよ、って。
本気で好意を向けてくれている相手とは、絶対、そういうことはしちゃいけないと思う。気持ちに気づけなかったのなら、まぁ仕方ないとして。
知っててそれなら、ほんと、くそだと思う。
「でもさ、顔は優勝だよね」
「顔だけね? 他が嫌、」
「おい、何が嫌だって?」
隣から聞こえてきた声に、口角が下がる。香ってくるのは、甘すぎない、爽やかなシトラス。一瞬で誰だかわかる。だけどその香りに、こいつは似合わない。
「うわ、出た」
「ひとを化け物みたいに言うなよ」
「化け物じゃん」
「でも大丈夫。頼まれたって、お前はお断りだから」
「は、うざ」
シトラスの香りを纏うこの男は、和泉 雪斗。後輩の女の子を泣かせたらしい、張本人。
華恵の言うとおり、この男、顔は優勝していると思う。
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