兜町の男

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兜町の男

 東京に戻ってきた武、猫とお菊さんは、役小角(えんのおづぬ)から聞いた男に会うため、前鬼の運転する車で兜町に向かった。  兜町は言わずと知れた証券街だ。そこには日本最大の東京証券取引所があり、その周りには大小の証券会社がオフィスを構えている。東京証券取引所が設立されたのが1949年だから今(1959年)から10年前。  前鬼が運転する車が古い雑居ビルの前で停車すると、武たちはビルの中に案内された。  階段を上っていくと、前鬼は古いドアをノックした。ドアには『コダマ証券』と書いてある。  看板を見て「なんでカタカナなんだよー」と言う猫。  武は「しー、怒られるだろ!」と猫を黙らせようとする。 「猫の悪口が聞こえるはずがねーだろ!」と尤もらしいことをいう猫。  中から「どうぞー」と声が聞こえたから、武たちはコダマ証券のドアを開けて中に入った。  部屋には少し大きな会議机が1つあって、簡易なパーティションで仕切られた奥で10人くらいの職員が電話を掛けていた。営業職員が電話営業しているようだ。10人くらいが同時に大声で電話しているから、部屋の中はかなりうるさい。武たちが小声で話をしていても奥には聞こえなさそうだ。  武たちが会議スペースのところに立っていたら、奥から「どうも、むさ苦しいところですが・・・」と言って中年の男が出てきた。男はグレーのダブルのスーツを着て、髪型はオールバック。ポマードを大量に塗り付けているから、近づいたら油臭そうだ。  中年男の身体は大きくてやや肥満体、腕にはキラキラした高級腕時計をしている。ダイヤモンドでも入っているのだろうか? パッと見て、堅気の仕事をしているようには見えない風貌だ。  猫は「アイツ、ぜったいにヤクザだなー」と言っているのだが、当然、その男に猫の言葉は分からない。 ―― 証券会社ってヤクザなのか?  武はそう思いながらも、役小角からの紹介だから笑顔で返した。  中年男性は女性職員にお茶を頼むと、武たちを会議スペースに座るように促した。  武たちが着席すると、中年男性は「私はコダマといいます」と言って、名刺を武たちに差し出した。 “コダマ証券 代表取締役 児玉良一”  猫は「本当に証券会社なんだなー」と爆笑している。実に迷惑だ。  武たちは名刺を持っていなかったから、自己紹介をした。 「僕は山田武です。こっちは猫のムハンマド」 「私は菊といいます」  コダマはニコリともせずに頷き、話を続けた。 「話は隊長から聞いています。ダグラス・ピーチの件ですね?」 「そうです。ピーチ・ボーイズの資金源を止めるように言われたのですが、何をすればいいのかサッパリ分かりません。何かアドバイスはありますか?」お菊さんは正直にコダマに言った。 「そうですねー。ピーチ・ボーイズの資金源を止める方法は考える前に、まず、ダグラス・ピーチのビジネスを見てもらった方がいいと思います」 「ダグラス・ピーチのビジネスを見る?」 「ちょうど今日、ダグラス・ピーチが出てきそうな株主総会があります。そこに行けば、ダグラス・ピーチのビジネスが少しは分かるでしょう」 「株主総会?」お菊さんは初めて聞く言葉に警戒する。 「そうです、株主総会です。株主総会は、上場会社が株主に対して決算説明などをする場です。決算月は会社によって違いますから、基本的に株主総会は毎月どこかで開催されています。とは言え、日本の上場企業は3月決算が多いので、6月開催される株主総会が圧倒的に多いのですが」 「株主じゃなくても入れるの?」とお菊さんは質問した。 「株主総会は株主しか入れません。でも、今日行く株主総会は当社が株主になっていますから大丈夫です」 「へー、そうなの」 「株主総会に行くとしても、その恰好だとマズいですね。まずは、服装と髪型を変えましょうか?」コダマは武とお菊さんの服装を見ていった。  武はTシャツに短パン、お菊さんは薄手のワンピースを着ている。今までピーチ・ボーイズと戦闘していたから構わなかったが、この時代の株主総会に参加するのであればもう少しマシな格好をしておいた方が良い、とコダマは言っているようだ。  コダマは女性職員を呼んで何か話し始めた。武たちのコーディネートを彼女に頼むのだろう。話し終わったコダマは言った。 「彼女は私のアシスタントのササガワです。武くんとお菊さんを銀座の百貨店にお連れしますから、店員さんに服装を選んでもらって下さい。私はその間にお二人と前鬼の名刺を作っておきます。3人は当社の従業員ということにしましょう。そうすれば、株主総会に入れます」  猫は「銀座の百貨店だってー」、「旨いものあるかな?」と興味津々だ。  こうして、武たちは株主総会に入るための準備段階に突入した。
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