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銀座の美容院
「え? 僕、オールバックなの?」武はササガワに質問する。
ササガワは「そうですけど、何か不満でも?」と事務的なトーンで返した。
それを聞いた猫は「アイツ、怖いなー」「目が笑ってねー」と小さく呟いた。武は余計なことを言うと怒られそうだから、猫を無視してササガワに尋ねる。
「別に不満があるわけじゃない。でも、オールバックの根拠を知りたいんだ。何か理由はあるの?」
「理由ですか? まず、フィクサーと対峙するための髪型は決まっています。角刈り、パンチパーマ、スキンヘッド、オールバックの4つしかありません」
「四択なの?」
「そうです。これは業界の掟(おきて)のようなものです」
「業界の掟・・・」
「武くんは小学生です。角刈り、パンチパーマとスキンヘッドは校則に引っかかりますよね?」
「そうだね。校則違反になるかもしれない・・・」
「オールバックであれば、ポマードをとれば普通の小学生の髪型に戻せます。学校に通えますよね? だからオールバックを勧めているのです」
「へー」武は興味なさそうに言った。
「納得していないようですね。パンチパーマにしましょうか?」
――この人、なんか怖い・・・
ササガワは証券業界のプロだ。
武は一抹の不安を抱えながらも、プロが推薦する髪型だから不満を言うわけにはいかない。
『郷に入っては郷に従え』というし・・・
「オールバックでいいです・・・」と武は小さく言った。
「オールバックで?」
「オールバックがいいです・・・」武は小さな声で言った。
「聞こえませんね・・・」
「オールバックがいいです!」武は大声で言った。
「よろしい!」
「押し切られたなー」と弄ってくる猫。「うるせー」と武は小さく言った。
こうして武の髪型はオールバックに決定した。
***
ササガワは続いて男性ヘアカタログを見始めた。前鬼の髪型を選ぶようだ。
「前鬼、このページの髪型をスタイリストに見せて下さい」とササガワは言って、前鬼に週刊誌を渡した。前鬼がページを見るとスキンヘッドの男性が載っている。もはやヘアモデルではなく、どこかの寺の住職の写真だ。
「俺、スキンヘッドなの?」
前鬼は明らかに不満そうだ。
「そうですけど、何か不満でも?」
ササガワは武の時と同じ事務的なトーンで返した。
「俺もオールバックがいい。武はオールバックだろ?」
「武くんがオールバック。だからこそ、あなたはスキンヘッドです!」
「なんでだよ?」
「何事にもバランスが必要です!」
「バランス? 武がオールバックだから、俺がオールバックにできないのか?」
「そうです」
「理由が分からないんだけど・・・」
「あなた、任侠映画を見たことがありますか?」
「もちろんあるよ!」
「任侠映画の登場人物が全員オールバックだったら、バランス悪いと思いませんか?」
「はぁ? 意味が分からないんだけどさー」
前鬼は不満を露わにする。
「髪型はその人物のキャラクター、つまり特徴が現れます。オールバックのイメージは知性です。インテリヤクザは大体オールバックですよね?」
「そうだな。眼鏡かけたオールバックだな」
「あくまで世間一般のイメージですが、オールバックの登場人物はそんなに喧嘩が強くありません」
「そうかもな」
「もし、全員オールバックでフィクサーに対峙したとしましょう。そうしたら、『こいつら口だけで、喧嘩弱いんじゃないか?』と思われませんか?」
「そうかもしれないな。でも、あんたが言った髪型は4つだ。まだ、角刈りとパンチパーマが残ってるだろ? オールバックはダメとしても、角刈りとパンチパーマもダメなのか?」
前鬼の発言に少しガッカリしたようなササガワ。前鬼に子供を諭すようなトーンで言う。
「角刈りとパンチパーマは主役級の登場人物に許される髪型です。あなたは自分のことを主役級だと思っているのですか?」
「主役級では・・・ないな」前鬼は自信なさそうに答えた。
やっと理解してもらえたササガワは笑顔で前鬼に言う。
「ですよね! あなたは脇役なのです。さあ、声に出して言ってみましょう!」
「俺は脇役・・・」前鬼は小さく言った。
「声が小さい!」
「俺は脇役!」前鬼は叫んだ。
「よろしい! ちなみに、スキンヘッドのイメージは力です。集団にスキンヘッドが1人いるだけで、相手に喧嘩が強い印象を与えることができるのです」
「スキンヘッドは喧嘩が強そう・・・」
「ええ。コダマもオールバックですから、2人のオールバックの喧嘩の弱さを補えるスキンヘッドが必要なのです。だから、バランスが大切と申し上げました」
「分かったよ、スキンヘッドでいいよ・・・」前鬼は論破されて諦めた。
「丸め込まれたなー」と小さく言う猫に「そうだね」と武は小さく言った。
なんやかんやあったが前鬼の髪型はスキンヘッドに決定した。
***
ササガワは続いて女性誌を見始めた。
「お菊さん、このページの髪型をスタイリストに見せて下さい」とササガワは言って、お菊さんにヘアスタイル雑誌を渡した。不安を感じながらお菊さんがページを見ると、そこには綺麗な女優が載っていた。
「私はこれでいいの?」
「もちろん、任侠映画には華が必要ですから」
「やったー! 女に生まれて良かったわ」
この日、お菊さんは女に生まれたことを感謝したらしい。
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