何色だと思う?

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何色だと思う?

 武たちは五反田興行社長のオオサキを訪問した。五反田興行のオフィスは五反田駅から品川駅に抜ける通称ソニー通りの御殿山にあった。  オオサキは五反田興行の大株主。発行済株式総数の約30%を保有している筆頭株主だ。  五反田興行の発行済株式総数は2万株だが、浮動株(市場で流通する株式)が少なく発行済株式総数の約20%しかない。これが仕手筋に狙われる理由の一つでもある。浮動株が20%であれば、実際に株式市場で売買されているのは発行済株式数総数の5%にも満たないだろう。  武は、オオサキから五反田興行の株式を5%借りることができれば今回の計画は達成できると考えている。  ちなみに、五反田興行に訪問する前に、猫(ムハンマド)にダグラスのアジトに忍び込んでもらった。潜入目的はダグラスがこの仕手戦で何株取得する予定かを確認しておくため。  猫がアジトに潜入して聞いた話では、ダグラスの取得予定株数は1,000株(発行済株式数の5%)だった。  社長室に入った武たちは簡単な挨拶をした後、さっそく本題へと入った。  まず、コダマが状況を説明する。 「いま、仕手筋が入ってきて、御社の株価が乱高下しているのはご存じだと思います。もう少ししたら株価が急騰する段階に入ります」 「そのようだな。1~2年に一度は今のような荒れた相場になる。それで、要件というのは?」とオオサキは言った。 「社長がお持ちの五反田興行の株式をしばらくの間、借りたいのです」 「ワシが株式を貸す? 何株だ?」 「発行済株式総数の5%です。半年ほど貸していただければ有難いです」 「5%というと1,000株か。1,000株を半年。貸したら返ってくるのか? 持って逃げないよな?」 「もちろんです。半年以内にはお返しできます。また、担保として借株の時価の30%を現金で差し入れします。1,000株の時価が5,000万円(現在の10億円)ですから差入担保金は1,500万円です」 ※1959年当時の大卒公務員の初任給(月額)は約1万円です。当時の5,000万円は現在の10億円くらいだと考えて下さい。 「うーん。目的は何だ?」 「目的はいま入ってきている仕手グループを潰すことです」 「商売敵か?」 「そういうところです」  オオサキは少し考えている。今日初めて会った人間を信用できるのか考えているのだろう。  この点、コダマが証券会社の社長というのも安心材料の一つにはなるはずだ。  そうだとしても、初対面の人間に5,000万円もの株式を貸すだろうか? 「分かった。2,000株貸そう。何か事情があるのだろう」 ―― え? 貸すの?  オオサキは意外にあっさりと五反田興行の株式を貸すことを約束してくれた。さらに、武たちが依頼した1,000株ではなく2,000株も貸してくれるようだ。  これで準備は整った。  仕手戦の開始だ! ***  オオサキから五反田興行の株式を借りることができたので、ついにダグラスとの仕手戦が開始される。  武たちは、ダグラスたちが一気に買い上がってくるタイミングを見計らって、借株を市場で売却することを計画している。 【図表4-2:株価のイメージ(再掲)】 <i743932|40325>  武の提案した作戦では、ダグラスが一気に五反田興行を買い上げるタイミングを正確に把握する必要がある。だが、チャートだけでタイミングを正確に判断するのは難しい。一般投資家が大口の買いを入れて、一時的に株価が上がっているだけかもしれないからだ。  ダグラスたちが大口の買いを入れるタイミングを正確に掴むために、武は猫にダグラスのアジトの偵察を依頼した。猫だったらアジトの窓や屋根にいても怪しまれないし、ダグラスたちは猫が人間の言葉を理解しているとは思っていないだろう。  猫は面倒くさいとごねてきたのだが、「終わったら米沢牛買ってあげるから」と武が猫を説得した。  作戦を開始してから3日が経過したころ、猫がコダマ証券に入ってきて叫んだ。 「武、重要情報だ!」 「なんだよ?」武は面倒くさそうに猫に言う。 「俺がダグラスのアジトに潜入した時に手に入れた、とっておきの情報があるんだ」 「なんだよ。もったいぶって」 「俺がアジトの窓から中を観察してたらな、見えたんだよ」 「何が?」 「アリスなんだけど・・・アイツ、スカート履いてるだろ」 「そうだったかな?」  武はアリスに会ったときのことを思い出そうとする。  美容室では座ってたし、株主総会でも座ってた。スカートだったかな? 「毎日スカート履いてるんだよ。それでな、俺の視線の位置からチラチラとパンツが見えるんだよ。あれが気になってなー」  武は猫を直視した。猫は確信に迫った。 「武はアリスの履いてるパンツが何色か聞きたい?」 猫の質問に固まる武。周りを確認するものの、武たちの会話は聞かれていないようだ。 「なんだよ、急に」 「問題です。何色でしょうか?」 「覗いてたのか? 猫のくせに最低だな、お前」 「いいだろ、クイズだ。クイズ」 「し・・・ろ?」 「残念! 不正解です」 「じゃあ、何色?」 「教えねー」  武はワンチャンに賭けた。 「じゃあ、ピンク?」 「ダメダメ、チャンスは1回だけ」 「あっそ。ところで、お前、何しに来たんだよ?」  猫は武をからかうことに夢中で本来の目的を忘れている。  猫は少し考えた。 「ああ、そうだった。今から始まるぞ!」  仕手戦が開幕する合図だ。猫はそれを伝えに来た。  武たちは五反田興行の株式を少しずつ売り始めた。これは、ダグラスたちが株上げに使える資金は限られているから、早めに資金を枯渇させるためだ。  猫がアジトで聞いた情報では、ダグラスたちのターゲット株価は1株12万円だった。ターゲット株価に向けて売却数量を増やしていく。  株価が1株10万円を超えた辺りか売り数量を増やしていき、1株11万5,000円の終値を付けた翌日から、武たちは本格的に売りに出た。武たちの売りで前日株価11万5,000円から終値で7万5,000円まで株価が急落した。株価の急落によって一般投資家は狼狽し、翌日からは一斉に狼狽売りを始めた。  五反田興行の株価が1株11万5,000円の終値を付けた4日後には、株価は1株5万円を下回った。その後、武たちは投資家が投げ売りしてくる五反田興行株式を拾い続け、借株の1,000株を回収した。 ***  一方、ダグラスのアジトでは。 「1株12万円まで買い上げろ!」とダグラスが檄を飛ばす。そんな中、トレーダーの一人がダグラスに報告する。 「だめです。強烈な売りが入りました。500株です!」 「株価10万円で500株だから5,000万円(現在の10億円)? 誰がそんなに売っているんだ?」声が裏返るダグラス。 「地場証券のようですが、どこなのかは分かりません。大口の売りに釣られて個人投資家も売却に回ったようです。どうしますか?」 「くそっ! 予定よりも早いが、売るしかないか。よし、売れ!売れ!」  ダグラスたちが売却を始めた頃にはストップ安となっていて、その日の取引は成立しなかった。 【図表4-4:五反田興行の株価チャート】 8e3dd006-298e-42f2-aa22-d0bcd03eca44  一連の取引の結果、武たちが売買した株数は1,000株。その平均売却単価は7万5,000円、平均購入単価は4万5,000円。3,000万円の利益(現在の6億円)を得た。  一方、ダグラスたちの売買株数は1,000株。その平均購入単価は8万円、平均売却単価は5万5,000円。2,500万円の損失(現在の5億円)が発生した。
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