苦瓜のソテー

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苦瓜のソテー

俺は軽く嘆息してお通しと氷を入れたグラスに水道水を注いだものを少女に出してやった。未成年に酒は出せないからな。 「ありがとう」 「どういたしまして」 そんなやりとりをした後、しばらく二人の間に沈黙がおりる。少女はお通しに口をつけたあと、 それを流し込むようにしてグラスを傾けた。 「私日本酒って頼んだはずなんだけど」 「お気に召さなかったか?」 「お気に召すはずないでしょ。だってこれただの水だもの」 「いつも飲んでるからさ。好きで飲んでるもんだと思ってたよ」 「それはあなたがいつも水しか出さないからでしょ」 「それは失敬。今度来た時はオレンジジュースにするよ。特別に一杯だけタダにしてやるサービス付きだ。」 「カラオケか」 少女は少々呆れた顔をした。しかしながら娯楽だとか趣味だとかには興味なさそうなのにカラオケ行ったりするんだな。この少女とはそこそこ長く関わっているがこれはなかなか意外だ。 「カラオケとか行ったりするんだな。」 「行くわけないでしょ。これはその、ただの風の噂で聞いただけ」 怪しい話だ。証拠に目が泳いでいる。まぁかわいいじゃないかカラオケくらい。パブやカジノなんかで"遊ぶ"よりはずっとお行儀がよくて。 「……そんなことはいいから。早く日本酒出して」 「ブラジャーもまだなガキに酒なんぞ出せねぇよ」 「ブラジャーつけるようになれば出してくれるの?」 「さぁな。そんなことより」 「どうなの?」 少女に詰め寄られて俺は少し目を逸らした。 「出すかもな。だがそんなことよりそろそろ仕事の話をしようぜ。」 「わかった。」 少女は少し不満そうだ。日本酒も良いがな、水道水も荒野ばかりのこの時代じゃ意外と貴重なんだぞ。 「とはいえどうせ聞いてたんだろ。話」 「なんでわかったの?」 「俺をあまり甘く見るなよ。天井にお前の"目"が貼り付いてたのはとっくに気付いてた」 そう俺が言うとなんだかばつが悪そうに天井から野球ボールより少し大きいくらいの球体がおずおずとおりてきた。これは少女の意思で操作されているらしい砲台であり、盗聴機であり、カメラである装置らしい。つまり彼女の第三の目であり耳であり手であるわけだ。まぁ意思で操れる兵器なんぞ一般化してないし、どうせロクでもないやつがこの少女の頭にマイクロチップなどを埋め込むなりしていじりまわした結果ようやく機能している兵器なんだろう。想像するだけでもぞっとしない。 「じゃあ話は聞いてるよな」 「ここの店を出てすぐ右の角を行った先だよね」 「ご名答、そこに今回のターゲットがいる」 「わかった。けどいいの?」 「何が」 「あの人、付き合いが長い常連なんでしょ」 余計な話まで聞いてたなこいつ。 「いいさ。散々あいつにひどい目にあったって依頼人も言ってただろ」 「けど」 「それに、俺もあいつには恨みがある。だから、いつも通りやってこい」 少女は少し煮えきらない顔をした。が、ここで何を言ってもムダだと気付いたようで 「わかった。それじゃ」 少女は身の丈より高い椅子からすっと降りて踵を返して去っていった。 少女にも言った通りあの客には恨みがある。店でさんざん騒いだだけでは飽きたらずまだあの少女と変わらないくらいの歳のうちの妹にも手を出した。それっきり妹は引きこもってしまい、部屋から出てくることはない。母も妹の心配をするあまり精神をやってしまって最近はとんちんかんな反応ばかりするようになった。あいつとは長い付き合いだ。それは間違いない。あんなことがあったというのに、ヤツに対してはむしろなぜか親しみのような感情があった。それも間違いない。だが─まぁいい。それも全て終わりだ。せめてあいつの大好きな幼い少女の手で逝かせてやるというのが情けというものだ。 俺は少女が一口だけ食べて残していったお通しこと苦瓜のソテーを眺めた。やはり、子供にはわからない味だっただろうか。
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