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第三章(4)
舞踏会の会場は避け、庭から正門に回り、公爵家の馬車へ乗り込んだ。
行きのように向かい合わせではなく、クラウスはナタリアを抱きしめたままシートに座る。ナタリアの震えを少しでも押さえようと、しきりに腕をさすってくれる。そのおかげか、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「……旦那様、ありがとうございます」
「礼なんて言わないでくれ。お前を一人にしてしまったばっかりに、あの男に付け入る隙を与えてしまった……」
クラウスは今にも泣き出しそうな顔を見せ、それから自分の落ち着かせようとするかのように俯く。
「あいつは何と言っていた!」
「……あなたと離縁し、男爵家に嫁げ、と。もちろん断りました。私にそんなつもりなど微塵もありませんから」
「分かっている」
妻の手首についた手の痕を、クラウスは痛ましい表情でさすってくれる。
ナタリアはクラウスを安心させるため、笑顔で彼の顔に触れた。
「旦那様、ご、自分を責めないでください。あなたが私を助けてくださったんですから」
「それは無理だ……」
クラウスに強く抱きしめられる。
彼の鍛えられた体の中で力強く脈打つ鼓動が、安心をくれた。
ナタリアは、クラウスの胸に頭を預ける。
屋敷へ到着すると、クラウスはナタリアを抱き上げて屋敷へと入っていく。
「旦那様、もう本当に下ろして下さい!」
「駄目だ」
クラウスの首にだきつきながら、恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤にする。
シャティが心配そうにかけよってきた。
「奥様!?」
「シャティ、お前は来い」
「か、かしこまりました」
階段をあがり、まっすぐナタリアの部屋へ向かうとようやく下ろしてくれた。
そこで気づいたのだが、あの揉み合いのせいでドレスが破けてしまっていた。
それどころではなかったから全く気付かなかったのだ。
「シャティ。ドレスは処分してくれ。それからすぐに風呂の支度を」
しばらくしてシャティが風呂の準備が整ったことを伝える。
「旦那様もお疲れでしょうから、お休みください」
「休みたくなったら休む。俺のことは気にするな」
シャティに破けたドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、浴室へ。
お気に入りの薔薇の精油を垂らした風呂に浸かると、大丈夫と口にしながらも全身が強張っていたのを自覚した。
今はシャティがそばについてくれているけれど、さっきまでクラウスに抱きしめられていた時の心強さがなくなったことが心細かった。
――旦那様にお風呂から上がるまで待っていて欲しいって言っておけば良かった、かな………って、そんなワガママは言えないわよね。旦那様だってお疲れなんだから。
ナタリアはいつも長風呂だったが、今はお風呂を十分に楽しむような気分ではなく、いつもよりずっと早めに上がった。
シャティに体や髪をしっかり拭いてもらい、寝巻をきせてもらう。
沈んだ気持ちで部屋に戻ると、「あがったか」とクラウスが笑顔で出迎えてくれた。
彼はいつの間にか軍装から、軽装に着替えていた。
「旦那様、休まれたのではありませんか!?」
「休みたくなったら休むと言っただけだ」
彼はどうやら本を読んでいたらしい。
「ん? どうした?」
「……あの……旦那様、失礼しますっ!」
ナタリアはクラウスの胸に飛び込み、彼を抱きしめていた。
服ごしに感じるたくましい彼の体、そして匂いに、毛羽立っていた心が癒されるような気がした。
風呂よりずっと効果てきめんだった。
――今、私に必要なのはお風呂よりも旦那様だったのね……。
なんてことを考えているのかと急に恥ずかしさを感じて、耳に火照りを覚えてしまう。
恥ずかしくって、彼の目を見られない。
クラウスが、その太い腕で抱きしめ返してくれる。
「今日はお前と一緒に眠りたい」
「……旦那様、ここのところ毎日一緒に眠っています」
「そうだったな。だが今日は手は出さない。お前のそばにただいたい」
クラウスの優しさがくすぐったく、嬉しい。
愛されているのだという実感を、ナタリアに与えてくれる。
クラウスに付き添われ、二人は寝室へ入っていった。
寝室はいつものようにランプが置かれ、温かな光が寝室を照らす。
クラウスに促され、寝台に横たわった。
向かい会うように、クラウスはその大きな体を寝かせる。
ベッドがギシッと軋み、少し沈んだ。
クラウスは腕を伸ばすと、ナタリアの小さな手を包み込むように握る。
その手を握り返す。
「安心して眠れ」
彼が頭を撫でてくれる感触が安らぎをくれる。目を閉じると、すぐに眠りの世界へ沈んでいった。
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