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君は、長い時を生きてきた人で、僕と出会った時、これからも長い時を生きていく人だった。
そんな人が、世の中に多くは無いが、いると知ってはいたが、まさか君とは思わなかった。
君とは、大学で出会った。
同じ学部で、同級生。
入学式で、たまたま隣席だった君に、僕は、これが大学生活最初の友人、と決めて話しかけた。
君は、僕との会話に、あまり乗り気でなかったけれど、相手をしてくれた。
何だか不思議な人だと思った。
それから、僕は君を見かける度に話しかけて、君は、鬱陶しそうにしながらも応えてくれた。
君は、出会ってからしばらく僕に、自分が「そう」であることを隠していた。
何となく、年上だろうと思っていたが、まさか僕の何倍も年上だとは思わなかった。
君が、秘密を僕に晒したのは突然だった。
「その、またねって別れるのを、やめて欲しい。この世で、最も残酷に、ぼくを苦しめる言葉だ。」
長い時を生きてきたこと。
数え切れない別れにぶち当たってきたこと。
苦痛、嘆き、葛藤、孤独な暗い希望。
それでも、長い時を生きていくこと。
その暴露は、耐えられなくなって、衝動的に吐き出されたようだった。
僕は、君にどんなに酷いことをしてきたか。
もうたくさんだ、やめてくれと、俯く君に、「そうか、なら、今日はもう辞めておこう。」と僕は言った。
そして僕は、自分が君にとっていかに残酷な友人となるかを覚悟して、言った。
「またね。」
顔を上げた君は、泣いていた。
顔を上げて、僕の顔を見て、驚いたようだった。
それから、諦めたように笑って、苦しそうに言った。
「またね。」
諦めた君は、相変わらず鬱陶しそうにしたけれど、僕の友人をやめないでくれた。
一緒に食事をしたり、旅行に行ったり、映画を見たり、目的もなくぶらついた日もあった。
僕らは楽しく友人をしたけれど、その度僕は、「またね。」と言って、君に「またね。」と言わせて、2人で笑いあった時間を台無しにした。
僕は大学を卒業して働きだしたけれど、君は別の大学へ行った。
ここ最近ずっと大学に通っているのだと言っていた。
君の言う「ここ最近」がどれくらいのことなのか、僕には分からなかった。
僕が、社会に慣れてきても、君は大学生だった。
30代、僕の結婚式に来た君は、相変わらず大学生だった。
40代、僕の息子の高校受験で、勉強を見てくれた君は、出会った頃のまま、大学生だった。
50代、息子の大学受験を最後に、君はあまり、僕に会いに来なくなった。
60代、僕はすっかり白髪が増えて、できないことも、やりにくくなったことも増えてきた頃、とうとう君と全く連絡が取れなくなった。
最後に会った時、君は、僕の「またね。」に答えてくれなかった。
「久しぶり。」
病室にやってきた青年に、僕は話しかける。
「…久しぶり。」
返ってきた声は、震えている。
僕の言う「久しぶり」は、君の時間にきっと合わないだろう。
君は、やっぱり出会った時のままの姿でいる。
僕は、もうすっかり枯れ木になって、ベッドの上に横たわるだけになっている。
「やぁ、君。最後に、会いに来てくれたのかい。」
君は何も言わない。
「僕は、酷い友人だったろう。」
君は何も言わない。
「いつも置いてかれ続ける君に、未来の約束をさせるなんて。」
君は何も言わない。
だから今度は、僕が暴露する番だった。
「…あの時、僕は君に話しかけない方が良かったろう。…僕に、出会わない方が、良かったろう。」
君は、何かに気が付いたように顔を上げる。
ずっと目を逸らし続けていたはずの、老いた僕を見ている。
「…いや、いいや。それは違う。…なぁ、今更気づいたよ。出会えて良かった。…出会えて良かったんだ、本当に。それは、良かったことなんだ。…今までずっとそうだったんだ。」
僕は目を閉じる。
君が、僕の枯れ枝のような手を握ったけれど、僕はもう目を開けようと思わない。
「またね。」
君の声が聞こえた。
だから、僕も、
「またね。」
と返した。
今度、逢えた時には、「久しぶり。」って言わなきゃな。
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