7人が本棚に入れています
本棚に追加
甘き光と出発と。
美雨を迎えに行き、ホテルに着いた頃には、夜の九時を回っていた。車の中で美雨ははしゃいで見せ、何事もなかったかのようにかのような錯覚を起させてくれた。手を繋ぎ、エレベーターに乗り込んで、短いキスをした。目当ての階に着くと、美雨は恭平の手を取り、足早に急かす。くだらない冗談を言い、それがやけにおかしかった。二人でどうしようもない笑いを抑えながら、部屋に着くなり、抱き合って絡み合うような口づけをした。髪を解かれ、頭を撫で回された。美雨の胸に顔を埋め、甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。もうなにも考えたくなかった。目の前の女のこと以外、なにも。
「美雨ちゃん」
「ん?」
美雨がくすぐったそうに身をよじる。
「日永田が殺された。俺の目の前で」
「そういうのは、精液出した後に言うやつやないん?」
性急に服を脱がそうとした恭平を美雨が止めた。今すぐひん剥いて、ベッドに放り投げたい気分だったのに。
「やる気失せた?」
恭平の声に熱はない。
「今夜だけで終わらせんでよ。明日も一日中夜まで一緒にいようよ」
美雨が睨むように見上げて言う。
「うん」
「恭平さんが殺ったっちゃないとよね」
「うん」
「よく他人の死に目に遭うね」
「なんでやろ」
抑えきれず、デニムの固くなった部分に美雨の手を持っていくと、
「かーわいい」
と言って手のひらでいなすように撫であげられた。
「もっと遊ぼうよ」
美雨は一瞬だけ恭平の下唇に甘く噛みついた。
「なにして遊ぶん?」
噛まれてじんじんする箇所を舌でなぞる。当然ながら血は出ていない。
「ジャンケンして、負けた方が脱いでく」
「意味ある? それ」
「遊びに意味なんかいらんやろ。楽しいことしたもん勝ちよ」
と、美雨が何故か勝ち誇った顔で右の口角を上げた。
「じゃーんけーん」
恭平が言いながら構えると、美雨も拳を振った。
「ぽん」
恭平がパーで、美雨がグーだ。
「うわあ!」
美雨がショックそうに声を上げた。
「イエー」
低い声でからかうと、美雨は悔しそうに恭平を睨み上げ、シャツを脱いだ。
「じゃーんけーんぽん」
美雨がチョキ、恭平もチョキ。
「じゃんけんぽん」
美雨がパーで恭平がチョキ。
「もー! ぎゃあ!!」
恭平はまどろっこしくなって美雨を抱えあげ、ベッドへ投げ込んだ。
「いった! ちょ、恭平さん!!」
美雨のスカートをたくし上げ、レースのタンガを引っ張ると、繊細なそれは脆く破れた。
「あっ! ちょっと、これ、お気に入りやったのに!!」
「すまん。もう待ちきらん」
自分のデニムの前を開き、そのまま下着も降ろして、脱ぎ捨て、美雨の太腿を抱え込み、力任せに引き寄せた。
まだ潤いきっていないそこに固い先端を当て、無理やり押し入った。美雨はくぐもった声を漏らす。前後に揺らしているうちに、繊細な粘膜を保護するための体液が滲み出てきた。勢い任せに唇を食み、舌をねじ込んだ。いいように腰を揺らし、美雨の中を貪った。それでも彼女は織り込み済みだと言わんばかりに恭平を抱きしめた。一方的な口づけも受けとめて、舌を絡ませてくる。無意味な焦燥も苛立ちも、美雨のぬかるみに溶けていく。改めて美雨の服を脱がせ、乳首を吸った。彼女の声が甘くなるまで舌で丹念に愛撫した。大事な下着を破いたことと無理やり始めたことを気の毒に思ったが身勝手な快楽にすぐに忘れた。めちゃくちゃにしたかった。めちゃくちゃになりたかった。勢いに任せて有耶無耶にしたかったのかもしれない。それでも現実はそうはならない。わかっているから苛立った。その苛立ちを美雨にぶつけている。でも、彼女は許してくれる。根拠のない身勝手な信頼だが、それだけが拠り所だった。
長崎に行って何があったとしても、美雨のもとに帰ってくれさえすれば、なんとかなる気がする。
人が殺される場面など、もう二度と見たくない。見なくて済むかもしれない。そのかわり、次の死体は自分かもしれない。そんな漠然とした不安が拭いきれない。美雨の温もりと甘い声がもたらす脳内麻薬だけがそれを誤魔化してくれた。
「……美雨ちゃん、ごめん」
「え。イッた?」
「いや、まだやけど」
「どうしたん? まだ頑張れるなら頑張ってよ」
文字通り尻を叩かれて笑えてきた。
「いや、やめてよ。ウケるやん」
美雨との温度差に可笑しくなってしまった。
「恭平さん怖い顔しとったけど、どうしたん? 本当は殺った?」
「殺っとらん」
「じゃ、嫌なことは忘れよ。はい続き続き」
「信じてくれるん?」
「あたしに嘘はつかんやろ?」
「うん」
「ねえ。あたしのことだけ見てあたしのことだけ考えてっていったやろ。約束守らん男やね」
「いや、美雨ちゃんのことで頭いっぱいやけど」
「やだもー。超好き」
「俺も」
美雨が抑えきれないといった様子で破顔する。
「俺も? 何?」
「俺も、美雨ちゃんの事が、超好きです」
「うひゃっ!」
美雨が恭平の首に腕を回して、頬に唇を何度も押し当てた。それが唇になり、繰り返すうちに笑いが出た。猛っていた気持ちも身体も緩んでしまった。そのせいで美雨の体内から抜け落ちたが、彼女は気にせず、恭平を横に倒して、自分は身体を起こし、肘をついて顔をのぞきこんできた。
「ねー。さっきの何のごめん?」
「パンツ破いた」
「もーほんとそれ。お気に入りやったけん、許さん」
「あと、無理やりやった」
「それは許す」
「パンツの方が重要なん?」
「恭平さんがあたしを必要としとったことが重要なん」
美雨は得意げに笑うと、額に唇を落としてきた。
「シャワー浴びてくる」
そう言って、ベッドを降りた。
「美雨ちゃん」
このまま取り残されてしまうのではないかと不安になって呼びとめる。
「なん?」
「……どこにも行かんよね?」
「それ、あたしの台詞。あたしのこと置いていったくせによく言うやん」
「危ない目に遭わしとうなかった」
「そうなんやろうね。わかっとうよ。それに、あたしが恭平さん置いて帰るわけなかろ!? そんなもったいないこと出来るほどインデペンデンスな女やないんよ!! マジファッキン!!」
「なんかごめんて」
「謝るくらいならあたしの身体を洗うとかそういうのしてよ!」
「はい喜んで〜」
「そういうのいらん!」
恭平もベッドを降りて少し不機嫌らしい美雨の後を追った。
「ごめんて。許して」
彼女との時間を堪能しておきたい。今だけは。
柔らかな身体を背後から抱きしめ、強く思った。
最初のコメントを投稿しよう!