始まりはあの日から。

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夜になると桂はコソコソ藩邸を出て行く。 会合に行くらしい。 しばらくすると、いかがわしい店から出てきた。 「さてと、帰るとするか。」 かすかに上気した桂の顔、その様子からして、事をし終えたのだろうと推測できるのも容易だった。 「・・・?」 そんな桂だったが、やはりここは武士。 「竹刀の音か?」 コテンと首を傾げつつ、音のする方へ向かった。 そこにいたのは、美しい娘だった。 「えっ娘?女?」 (女が剣術なんて千葉の所の娘しか聞いたことがない。) 「お、お嬢さん?」 何故か声をかけてしまった。少し慌てている桂を見ながら娘は微笑んだ。 「こんばんは。どうかいたしましたか?」 美しい声だった。丈が膝上の振り袖を着ているがそのはしたない格好さえも色気として見えた。 「あ、あーあ、い、いいや、そ、その」 「ふふ。私、雅、と申します。」 (それにしても美しい娘だ。) 桂は落ち着くといつもの人の良さそうな温厚な笑みを浮かべて言った。 「先程は醜態をお見せして申し訳なかった。」 「いいえ、皆様同じような反応をされますから。え~っと、桂様ですか?」 突然名を当てられ、桂は身構えた。 「あっいいえ、怪しい意味ではなく、以前河島様と私の店いらっしゃったので。」 (ならば、あの落雁の店の看板娘か。九一が熱を上げるのも無理はない。) 「あ、なるほど。あの、風雅さんではないのですか?」 雅はあわてたように見えた。 「いえ、今朝勘当されて・・・、ちがう甘味処へ働きに。」 桂は慌てて、 「申し訳ない。」 よく見ると彼女の目は腫れていた。足元には荷物らしきものも転がっている。 桂は彼女に心を奪われた。 (月光に当たる横顔は申し分なく、体も丈夫そうだ。気立ても良さそうだし、彼女に悪いが勘当されたことも一種の好機。) そう。話はいくらか先登る。
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