兄たちとの食事

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兄たちとの食事

「うう、緊張する……」  翌日、京都へ移動した私たちは兄たちと一緒に私が子供の時から好きだったレストランに食べにきていた。京都っぽさは全くないんだけど、京都に来たら絶対にここに来たくなるんだから仕方ないと思う。ちなみに、祖父は忙しく時間が作れず来られなかったらしい。  店内に大好きなハンバーグの香りが立ち込めていて、本当なら食欲がそそられるはずなのだが、このあと母に会いに行くと思うと緊張で胃が痛くなってくる。 「花梨、大丈夫だよ。母様は今日は体調がいいって、お祖父様が言ってたし」 「一城お兄様……。だけど、私に会ったら体調を崩すかもしれないわ」 「大丈夫だって。俺たちも報告がてら見舞いに行ってきたけど、柔らかく微笑んでくれたよ。声出せないから本当に理解できているかは怪しいけど……」 「でも……」  母は 緘黙症(かんもくしょう)で何も話せないから、正直意思疎通が取れているか不安になる時がある。が、祖父も医師も問題はないと言ってくれているので、こちらの言っていることは理解できているのだと思う。  ――実家に戻って二十数年。もし私たちの言葉が届いているなら、少しずつ快方に向かってもよさそうなのに、一向によくなる兆しがない。それだけ心の傷が深いということなのかもしれないが、まったく変わりがないと不安になってしまう。 「お母様は生きる気力を失ってしまったのかしら?」 「花梨、そんなことを言うな。これからは俺たちも母様に寄り添うから、花梨も頻繁に会いに帰ってきてやれ」 「そうだ。ずっと背を向けて逃げていたのも悪い。これからは母様を大切にしよう」 「うん、そうよね。きっとお母様は寂しかったわよね」  これからは怖がったりしないで、いっぱい会いに行って話そう。  私はいつも兄や伯父に守ってもらって、皆の背に隠れていたようなものだ。そして挙句には好きなものに没頭することで完全に背を向けて逃げてしまった。  私は最後に父が言ったように、私の性格には多くの浅慮さや愚かさ――そして世間知らずで子供っぽさがあることを分かっている。それも、これから直していきたいと思っている。 「そういえば、花梨奈さんの伯父様は現在どうされているんですか? 東京にご自分の研究室を持たれていましたよね? 可能ならご挨拶がしたいのですが……」  私たちの話がひと段落するのを見計らって、トモが母方の伯父について尋ねてくる。それを聞いて兄たちが頭を掻いた。 「あー、伯父は……今、日本にいないんですよ。なんかよく分からないんですけど、研究材料を探しにどこかの国の秘境とかに行きました」 「秘境? 研究者なんですよね? そんなところまで行かないとダメなものなんですか?」  驚くトモに、三人で思いっきり首を横に振る。  あの人、元々研究のことしか見えていないのよ。変人っていう噂は本当なのよね…… 「いえ、そんな必要はないと思うんですが、新しい研究材料を見つけたいと言って、突然ふらっとどこかに行ってしまう人なんですよ。だから私たちにもよく分からないんです……」  政通お兄様が苦笑いをしながら困ったように答える。  それでも私が日本にいる時はどこにも行かないで、常に私たちの側で面倒を見てくれていた。とくに私は伯父に育ててもらったと言っても過言じゃない。  研究に一辺倒で変な人ではあるんだけど、とても優しい尊敬できる大切な伯父だ。 「そうなんですか……。なら、今度日本にいらっしゃる時にお会いしたいですね。それに、花梨奈さんが伯父様と呼ばずに『伯父さん』と呼んでいるのも気になっていますし、そこのところも一度詳しく聞きたいです」 「あ、それは……ただ単に『伯父様』って呼んだら怒るの。落ち着かないから嫌なんだって」  私の返事にトモが少し訝しげに私を見つめてくる。そんな目で見られたって、特別な理由なんてない。 「トモ……嘘じゃないから、そんな目で見ないでよ。大体、トモも細かいのよ」 「分かりました……。ですが、会ってみたいです。花梨奈さんの研究好きは伯父様の影響なんでしょう? 花梨奈さんに影響を与えた方には絶対に何がなんでも会っておかないと……。それに花梨奈さんの大切なご家族ですし、やはり会いたいです」 「じゃあ、今度伯父さんが日本にいる時に帰ってこようね」 「はい、必ず」  トモの必死さと熱意に、私も兄たちもついつい苦笑いをこぼしてしまった。
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