発端

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「油谷くん、だっけ」 岸野先輩の彼氏、川瀬由貴は有名人だ。 比較的進学校のこの学校に 申し訳なさ程度にあった陸上部を 人気の部活にランクアップさせた人。 人目を惹くキレイで繊細な容姿と 物憂げそうな眼差しは、 岸野先輩とはまた違う魅力で溢れている。 文化祭直前の放課後の作業室で。 他の部員と一緒に半紙を広げ、 作品を仕上げるため集中していたら ドアの窓から長身の彼が覗きこんできた。 慌てて立ち上がり、ドアに歩み寄った。 「川瀬先輩、お疲れ様です」 引き戸を開け、彼に挨拶すると、 彼は俺の名前を呼び、微笑んだ。 「邪魔しちゃってごめんね。部活18時まで って聞いてたから、葵と一緒に帰れるかな って思って来たんだけど」 「とりあえず、入ってください」 どうぞと言葉を続けると、 彼はありがとうと言って作業室に入ってきた。 女子部員たちのギラギラした眼差しには 全く動じることなく、皆の邪魔にならない ところで辺りを見回している。 ホント、絵になる人だな‥‥。 岸野先輩は背中を向け一心不乱に半紙に 向かっていて、彼に気づく気配は皆無。 「ここ、座ってもいいかな」 カバンを床に置き、傍らの椅子を指差した 彼に訊かれ、小さく頷いた。 「岸野先輩、耳栓してます」 「ああ、なるほど。だから気づかないのか」 「昨年の文化祭で岸野先輩が発表した作品、 見させていただきました‥‥あれを超える 作品の練習だそうです」 「文化祭当日の早朝に書き上げたアレね。 油谷くんも見たのか。すごかったよね」 「あ、あの」 それまで傍観していた水野が会話に入って きた。
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