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『旧世代的思想撲滅法』の影響は、昼食を食べにオフィス街に出た時に早くも出ていた。いつも入る飲食店の店員の多くが若い世代だ。もちろん50代60代も居るがぐうん、と数を減らし、しかも居心地悪そうに背中を丸めている。その一方で店の外、複数の人間が柱の陰に隠れ壁と同化しつつ昨日まで居ることを許されていた店内を睨んでいる。昨日まで年の功を笠に着ては威張り腐ることを特権として許されている、と思い上がった人たち。その顔ぶれは伊織の両親や祖父母と同い年ぐらいの旧世代も居るが、旧世代に育てられて古い思想を受け継いで育った和己(かずみ)とさほど歳の変わらない当世代も居る。  伊織の注文を受けたのは学生身分だと分かる外国籍の女の子だ。言葉は辿々しいが笑顔で注文内容を繰り返しては確認して、好感が持てる。……彼らはさぞ自分たちに都合の良い意見をばかり押し通して我々を排除した、と思っているだろう。接客されるなら彼女たちのような子が良い、と思うのは旧世代と旧々古世代の人間に振り回され抑圧され続けた当世代の伊織たちにとっては我儘や贔屓では無い。切実だった。何が悲しくて「不味いから金を払いたく無い」だの「切り身が小さいから取り換えろ」だの、「脚が悪いから料理を届けに来い」だの、「言葉の分からない人間は馘にしろ」だの命令されなければならないのか。この国に広く伝わっていた「お客様は神様」は『旧世代的思想撲滅法』によって真っ先に旧世代的思想と断定された。言動を目撃されたら最後、解雇され再雇用と転職はあり得ない。  17時になりチャイムが鳴り響く。一斉に立ち上がったり、パソコンを落とす音が聞こえる中で伊織は真っ先に「お疲れ様でした」と立ち上がる。それに氷野と新島が「お疲れ様〜」と背中に朗らかな言葉をかけてくれる。  電車を降りると駅前の商店街のお惣菜屋さんでハンバーグとマカロニサラダを買って帰る。共働きが当たり前になった現在、家で料理をすることは趣味か休日の贅沢だ。空き家だった建物で売っているお惣菜屋さんの惣菜はかつて存在していた誰かの家の味がする、と伊織はいつも思っている。かつては1つの家の、その住人しか助けなかったその料理は今、不特定多数の誰かを助けている。店を出る時、同性カップルとすれ違う。商店街を歩く人のほとんどが当世代かその下の世代だ。見える髪の色で虹をかけられるほど様々な色が夕焼けの橙、夜の藍色で存在感を発揮している。髪を染めていない伊織は自分が旧世代になったような錯覚を覚えて嫌な気持ちになった。伊織がどれだけ旧世代的思想に振り回され苦しめられたのか全容を知っているのは1人しか居ない。
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