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 昔からこの国は年代に名前をつけては区別したがる傾向が強かったが、3年前、30歳で総理大臣に就任した照橋が最初に行ったことがまさにそれだった。国民の年齢と思想は新世代、当世代(伊織はこの世代だ)、旧世代、旧々世代のいずれかに属し、時代遅れな発想は「旧世代的」又は「旧々世代的」と見做され、旧世代的思想を持った人間の、世代を問わない即刻解雇が合法義務化された。3年かけて密かに集められた名簿を元に、旧世代と旧々世代を優先に、情状酌量は一切ない。わたしたち当世代と新世代は声をあげて歓喜した。それほどに旧世代の思想を声高に主張する人間たちは醜かった。  アパートの前で女性たちが顔を寄せつけあって話をしていたのが、伊織を見た途端に散り散りになる。そのくせ視線を伊織の背中に刺していく。彼女たちは昨日まで駅の商店街に入っている店で働いていた旧世代で二重に悪い。「旧世代的だから」解雇されたのを恨めしく思いながらも「旧世代的だ」と罵られるのが嫌なのでこちらの出方を窺っている風だ。伊織は自業自得だ、とため息を吐きながら睨む。あんな風にこそこそするのは虫以下だ。害虫ですらこそこそしない。  善意でやったことが100%受け入れられると思っているならその人間は人の意見と感情を無視している馬鹿者だ。『旧世代的思想撲滅法』の異例の速さの施行にはその背景の抵抗が大きい。親切には感謝する、歳上は敬われて然るべし、先人の助言(アドバイス)は素直に聞き入れるのが当たり前必然だと勘違いしてふんぞり返す、若い人間をいじり倒すことを生き甲斐にした人間と、前例伝統恒例という言葉に置き換えて若かった自分たちの常識を押し付けられた人間による更なる押し付け合いが、なんと多かったことか。  育児も教育も旧世代と旧々世代ーーー「舅」と「姑」という呼称は「旧世代的」とされて、呼ばれる誇示する人間は解雇免職対象の筆頭になったーーーによる持論の押し付け強要学習不足がら原因による離婚は全体の50%強を占め、そのうちの8%が刑事事件で年々その数は増えていった。新しい考え、改まった考えは育児と教育から普及していったが、比例するように昔ながらの方法思考に固執する人間も声を上げ始めた。それは長寿と生涯現役という考えが消極的否定的に囁かれたことに対する最初で最後の蔓延的長期的な抗議運動だった。全てが他人によって奪われて失った時代を経た彼らにとって手に入る一切合切は金銀財宝であり、捨てることは大罪で、それを知られることは死刑執行だった。
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