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俺の足は自宅のマンションではなく、自然と電車を降りると歓楽街に向かっていた。
ちらほらと居酒屋も開店し始めている。
人波を縫いながら、俺は1軒の居酒屋の引き戸を開けた。
炭火焼きの匂いが鼻を掠める店内のカウンターに案内され、とりあえずは生を頼んだ。
店内は数人の会社員らしきスーツ姿の団体ばかり。
「お待たせしました」
バイトだろう若い女の子がキンキンに冷えたビールジョッキと突き出しをテーブルに置くと、俺は一気にビールを喉に流し込む。
瞼を閉じ顎を上げ、あっという間に半分以上を一気に飲むと、ジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いた。
はあ、と息が漏れる。
酒を浴びるだけ飲んで、記憶を飛ばしたい。
全て、夢だったと思いたい...。
「飲みっぷりがいいね」
不意に笑みを含んだ声で我に返る。
声を辿ると、隣の席のスーツ姿の男性がグラスを片手に俺を目を細めて見つめ、微笑んでいた。
体にフィットしたグレーのスタイリッシュなスーツ、ネクタイも品が良く、男前だな、と思った。
「...飲まなきゃやってられない、て感じで」
視線をテーブルに戻し、残り僅かなジョッキを見据える。
「まあ、若いと色々あるよね」
そう言うと、男性はハイボールらしいグラスを傾けた。
年齢的には30はいっていないだろう。
落ち着いた感じから既婚者か?と左手を見たが、指輪はなかった。
俺はビールを飲み干すと、メニューを手に取り、視線を走らせた。
「すみません」
すぐにバイトの女の子がオーダーを取りに走って来た。
「日本酒を」
「日本酒ですか?銘柄はどうされます?熱燗だとか冷やだとか」
そう聞かれても、今まで日本酒なんぞ頼んだことのない俺はちんぷんかんぷんで、再びメニューに視線を落とす。
「ちょっと。大丈夫?君」
「大丈夫です」
隣の男性が咎めるのを無視し、女の子におすすめを尋ね、彼女は、かしこまりました、と笑顔で会釈し、他のオーダーを取りに声を上げ走っていく。
その背中を目で追った。
美由と別れたばかりで、特に何も感じはしない。
ただ、良く働くなあ、と感心するだけだ。
「飲めるの?日本酒なんて」
「平気です。未成年じゃあるまいし」
「見たところ、大学生?」
「はい。三年です」
「なら、ハタチか21?若いなあ」
きょとん、と俺はその横顔を見つめた。
「...お兄さんも若いじゃないですか」
えー?と男性は肩を上げて笑い、
「もう三十路だよ、三十路。27なんだ」
「へえ...会社員、ですか?」
「うん、まあね。あ、俺も飲み物、もう無いや。俺もたまには日本酒もいいか」
すみません、と男性はバイトの女の子を呼び、慣れた様子で俺とは違う酒を頼んだ。
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