私の彼氏は大型犬

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   広い教室に戻れば、一人ぼっちな気がして寂しくなってくる。ぽつんと、私だけ取り残されてる。  こんなに好きなのに。どうしてイライラが募るんだろう。きつく縛られた不自由なポニーテールが揺れて、頭がちょびっと痛い。  このまま、どこかへ逃げ出したら、楽なのかな。  自分の席に座ってから、次の授業の準備を進める。背後に気配を感じて振り返れば、私の方を見つめる笹田さん。 「細川さん」 「はい?」 「これ、良かったら食べる?」  笹田さんが差し出したのは、犬のプリントクッキー。 「うちのに、似てるなぁ」  自然と口から出た言葉に、不思議そうな顔をされる。ペットを飼ってるなんて話も、犬が好きだなんて言ったこともない。そりゃあ怪訝そうな顔をされる。 「あれ、細川さん、犬飼ってたっけ?」 「いや、ううん、うちの彼氏が犬っぽいんだ」 「それは、幸せですね」  その一言がやけに、胸に引っかかる。かぁ。犬好きからしたら、幸せなのかな。 「なんか、含みのある表情? どうしたの?」  感情を抑えきれなかったらしく、首を傾げられる。笹田さんもクラスの委員長と付き合ってたはずだ。いつもだったら聞かないような質問が、口から飛び出ていく。 「いやー、笹田さんのとこって喧嘩する?」 「するする、しょっちゅう」  うちだけじゃないんだという安心感と、意外性からついつい次へと口から話が出ていく。 「え、意外! いつも二人きりで勉強してるから仲良いのかと思った」 「仲は良いですよ。というか、仲良くいるために喧嘩します」  ? 「笹田さん、その話詳しく聞きたい! 今日、放課後クレープとかどう?」  今までそんな誘いをしたことはなかったのに、急だったかなと焦って顔色を伺う。至って普通のことのように、あっさりと了承してくれた。 「放課後、大丈夫ですよ」 「ごめんね、急に!」 「いえいえ、じゃあ、放課後また」 「うん、ありがとう」  私から離れて委員長のところに向かった背中を見送ってからスマホを開く。カツキに連絡を入れようとメッセージを開けば、意味のわからないスタンプだけが送られてきていた。  ただ犬が微笑んでいるスタンプ。可愛らしいけど、さっきの今で、それを送る必要ある?  ちくんを飲み込んで、メッセージを打ち込む。 「放課後友達とクレープ食べて帰る」  送り終えたと同時に、犬がぺしょんという効果音で項垂れているスタンプが返ってくる。こういうところは、素直に可愛いのにな。  スマホを閉じて、準備を再開する。仲良くするために喧嘩するの言葉の意味は、分からなくて胸の奥で宙ぶらりんだ。
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