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「ああー、ワンちゃんだぁ」
電車の静寂が、幼女の高い声で吹き飛んだ。くりくりとした目の大きい女児が、楽しそうに近づいてくる。どうやら幼稚園児のようだ。
小さな手が、もしゃもしゃとボクの毛を、肌をなでる。
ボクが何もしてこないので、幼女はボクに抱き着くようにして、さらに体を密着させた。
痛くはないけれど、集中力が削がれるんだけどな。
親はどこだ、と車内を見回すと、3つばかり離れた席で優しそうに我が子の遊びを見つめていた。
昔は盲導犬が飼い主と外にいるときは「仕事中だから邪魔しちゃだめだよ」と注意が飛んできたものだが、ロボット盲導犬が普及してから一般の盲導犬に対する配慮が薄くなってきた。
ロボット盲導犬は、外部からの接触に寛容だ。そして度を越した接触に対しては「所有者の不利益につながります。これは警告です。この行為は動画で撮影されています。悪質な場合には警察に通報します」と紋切型だが、強いメッセージを発する。
人語が話せるロボットはいいな、と嫉妬してしまう。誰しも、「刑事告訴される」と言われれば引き下がるだろう。
一つ先の駅で、幼女は母親に抱かれて、まだボクに名残惜しそうな顔をして下車した。
ミツルの住む住宅に近い、目的の駅に到着する。
ボクと、ロボット盲導犬を連れた中年のおじさんが電車から降りる。
駅には秋の風が吹いていた。
「ミツルさん、こう言っちゃなんだが、ロボットに乗り換える気はないのかね。いや、今すぐにという訳じゃないけれど、その子が年老いたらさ」
同病の者同士、ミツルとおじさんは良い話し相手なのだ。
「AIや微細な行動技術が進歩しているのは分かります。でも、僕は生き物の方がいい。少なくともナナは、ロボット盲導犬より優れていると思っています」
ミツルははっきりと言い切り、ボクの頭を軽くなでた。
うれしい。
感激で震えそうになった。
ロボットよりボクを信頼してくれている。
この恩に全力で報いたいと思った。
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