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黒い塊が追いかけた。
おじさん達が逃げ切れるはずもない。熊は時速40キロメートルで走るのだ。
「ぎゃっ」
猛烈な体当たりで転倒したおじさんに、熊が爪を立てた。鉄のような生臭い香りがする。見た目には分からないが、出血したのだろう。
「エマージェンシー。ケイサツ、ニ、ツウホウシマス」
ロボット盲導犬はけたたましい音を発したが、興奮した熊には通じない。ロボット盲導犬は頭部を噛みつかれ、薄い装甲の目部が破壊された。破片が道路に散らばる。
「うわっ、わっ」
ミツルの足が震えていた。思わず買い物袋とハーネスを落とす。この状況下では当然の反応だろう。
熊がこちらに振り向いた。目には闘争の炎が宿っている。
ボクは熊とミツルの間に立ちふさがった。身体を縮め、戦闘態勢をとる。
黒い、凶暴な塊が突進してくる。
ボクはミツルを守り、全身で受け止めた。
衝撃。
体重差とスピード。なすすべもなく道路に吹き飛ばされる。背中を痛打したようだが、骨には達していない。
揺れる脳を鼓舞し、ミツルを見る。ボクとも離れ、何が起こったのか分からない様子で右往左往している。いけない、パニックを起こしている。格好の的になってしまう。
熊がミツルに向かって腕を振り上げた瞬間、ボクはやつの鼻先に噛みついた。熊はふう、ふう、という獣くさい息遣いをしている。ボクの牙が毛皮に食い込み、食い破る。だが、ボクも強烈な熊のパンチをもらってしまった。鋭い白い爪がボクのほほに直撃し、切り裂かれる。
血の臭いがした。口内では熊の、鼻の近くではボク自身の。
いったん距離をとった熊が、上体を起こす。確実に1メートルは超えている。子熊は柿の木に登ったままだ。母熊は、まだ戦闘の構えを見せている。
ボクの全身が、本能で震えている。これは恐怖だ。こいつは戦って勝てる相手じゃない。逃げるべき相手だ。と頭の中の深い部分がささやいている。
だが、ボクには守らなければいけない人がいる。
どうすればいい、と震える足腰に力を入れながら、理性の部分で必死に考える。まともにぶつかれば勝ち目はない。
倒す必要はない。
どうにかやつを戦意喪失させればよい。
ボクの中に流れるオオカミの血よ、湧き立て。
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