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ボクはミツルから距離をとった。この作戦は賭けだ。ミツルをおとりに使うのだから、盲導犬としては失格となるかもしれない。しかし熊を退散させるにはこれしかない。
熊はゆっくりとミツルに向かって歩きだした。
ミツルとの距離が1メートルを切った瞬間、ボクは疾走した。後ろ足に全力で噛みつく。熊にとっては想定していない事態だったろう。背後をとられ、まともにボクに反撃もできない。
そのままボクは力いっぱい噛み続けた。
分厚い毛皮を破り、たっぷりとある脂肪層を、硬い筋肉を切り裂き、アキレス腱を食い破った。
「がるぉっ」
と熊が叫んだ。反撃の爪が襲い掛かる前に、ボクは距離をとった。熊の動きは明らかに遅くなっている。片足が使えなくなった証拠だ。
後はボクが、誰かが駆け付けるまでこの手負いの獣と戦えばいい。スピードではボクが勝る。致命傷さえもらわなければ勝機はある。
再び熊と対峙した時、サイレンを鳴らしたパトカーが道路を塞いだ。後部座席から、屈強そうな体格の警官二人が飛び出してくる。警棒はすでに抜かれている。
「おらあっ」
「帰れっ」
警官が大声を上げ、警棒を振り上げる。
熊は片方のアキレス腱を切られているのだ。これだけの人数に囲まれて勝ち目はないと悟ったのだろう。一声鳴いて子熊を呼び寄せ、深い藪へと退散していった。
「大丈夫か」
警官が一人、おじさんの方に向かい、もう一人がミツルに駆け寄る。
「ケガはありません。ナナ、えっと僕の盲導犬ががんばっていたみたいなんですけど」
ミツルの言葉に、ボクは安堵した。
良かった。ご主人様に怪我はなかった。
パトカーはサイレンを流しながら、
「熊が出没しました。ご近所のみなさんは屋内に避難し、鍵をかけてください」と拡声器でよびかけた。
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