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地図には載っていないけれど、この細道がスーパーマーケットへの近道なんだ。
ナナはミツルの黄色いハーネスを引いて、砂地の細道に案内した。
「ナナ、いつもありがとう」
ミツルがボクの頭を軽くなでる。
ミツルは30歳。15の時、事故で両目の視力を喪ったと聞いている。ボク、ことナナはミツルの3代目の盲導犬。先代、先々代に負けないように毎日奮闘中だ。
ミツルは太陽のような強力な光しか感知できない。生活は闇の中だ。ボクは視界が真っ暗だったらどんなに不自由だろうと思う。だからミツルの分まで、しっかりと前を見て歩こうと、この職業についてから決意している。
ミツルは目、以外は健康だ。20代の浮ついた感じがとれて、しっかりとした大人になったと思う。毎日お風呂に入り、服も変える。定期的に散髪に行っているから清潔感がある。顔だってそんなに悪くない。
床屋に置いてある雑誌にアイドルの写真が載っていた。テレビに出るほど、とは思わないけれど、結構そのアイドルに顔かたちは似ていると思う。
そんな彼が恋人に恵まれないのは、ひとえに視力が無く、盲導犬を連れなければ外出できないことにあるだろう。
昔よりも『障碍者に優しい世界』とスローガンが掲げられているけれど、現実には中々浸透しない。ホンネは「俺達の税金ばっかり使って、邪魔だな」と思っているのに違いない。
ミツルの視力は幹細胞を用いた再生医療でも取り戻すことはできなかった。でも、そのプロジェクトに参加していた人が盲導犬のブリーダーで、彼の斡旋によってボクはミツルの盲導犬になった。
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