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アンナはトアとリアンへ食事を持って行った帰り、使用人たちの居住区画へ立ち寄った。自室で用事を済ませ、さて仕事に戻ろうという時、小さな音を聞いた。
まるで子どもがすすり泣くような声だ。耳を澄ませて音の出どころを探り廊下を進んだ。
今このフロアに暮らす使用人の子どもはいないはず。不安に思いながらも声が聞こえるほうへ近づいていく。
声はエンゾの部屋の中から聞こえてきた。扉に耳を近づけるとやはり、泣いている声がする。
アンナはそっと扉を開けた。泣いていたのはエンゾ本人だ。ベッドの上であぐらをかき、鼻をかんだであろうティッシュが何枚も転がっている。
声の主が分かってほっとしたと同時に、いい大人が子どもみたいにすすり泣く様子には若干呆れてしまう。そのまま部屋の中へ入った。
「……珍しい。エンゾの泣き顔なんて、いつぶりに見るでしょうか」
エンゾは顔を上げなかったが、声で誰が来たのか分かったようだ。
「アンナか……男の泣き顔を見に来るなんて悪趣味だぞ」
「幽霊みたいにすすり泣く声が聞こえたら誰だって気になるでしょう。……どうしたんですか」
アンナはエンゾの横に座った。汚いティッシュを集めゴミ箱に捨てる。
ティッシュの下に埋もれていて気がつかなかったが、ベッドの上には一冊の本が置いてあった。
「ノート……?」
刺繍が施された、綺麗なデザインだ。
エンゾがちらりと見てぼそっと言う。
「……手記だ。リアンの母親が書いたものだ」
その言葉にアンナは驚いてエンゾを見た。
「リアンの、お母さんって……!」
ずずっと鼻をすすってエンゾが答える。
「なんだよ、アンナには昔、話したことがあるだろ。まさかお前までリアンは俺が生んだとか思ってないよな」
もちろんそんなことは微塵も思っていない。こんな泣き顔でそんな冗談を言えるエンゾに対してアンナは思わず吹き出してしまった。
「もうっ当たり前です! 驚いたのは……その、今になって?」
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