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(あれ、小松さん?)
ワイパーをフルで回しながらの信号待ち。
その人がお隣の小松だと確認できたのは彼が車外に立っていたからだった。
小松はスラリとした長身で、歳は多分心陽より上だけれど爽やかな好青年という言葉がピッタリな男性だ。
たまにハイツの出入りの時に遭遇すると必ず挨拶をしてくれて。
自分でも陰気だと自覚するほどの心陽と世間話までしてくれる人。
その小松がずぶ濡れになりながら運転席側の前輪を確認している。
パンクだろうか。
路肩に停めた車は心陽のとは違う四駆で。
これが小松じゃなかったら絶対通り過ぎていたのだけれど。
ずぶ濡れの小松が気の毒で、心陽は信号まちの列から急いでその車の前に移動した。
もう濡れているのだからとそのまま運転席から外に出た。
「小松さん、大丈夫...ですか?」
人と話すのは苦手だ。
昔はそうじゃなかったはずなのだけれど。
雨音と横を走る車の音にかき消されそうな心陽の声に、小松はそれでもちゃんと振り返ってくれた。
小松の車には、小松以外に一人男性が乗っていた。
レッカーを頼んで、心陽は小松とその男性を乗せてこのビルまで送ってきた。
ビルの前で二人をおろしてそのまま帰るつもりで居たのだ。
それが何故かこうして向かい合って座っている。
小松に会う前から濡れて居たのだと訴えたのだけれど。
せめて暖かい物を飲んで、服を乾かして帰ってくれと小松が譲らなかったのだ。
強く押されたら断れない性分の心陽は、そのまま部屋に通され。
小松が経営する会社だという仮眠室から、小松のクリーニング済みのシャツと柔らかなコットン素材のズボンを差し出され、それも断れずに着替えて座っていた。
「……あの、運転手……ですか?」
暖かい珈琲を頂いて一口飲んだ所で唐突に小松が言い出したのは、数日まえ心陽がポロっとこぼした職探しへの助け舟だった。
「うん、ここカメラマンを雇用してる会社でね。こいつ……鹿屋って言うんだけど、彼の送迎してくれないかな?」
都会だから、免許の無い男性も居るには居るけれど。
「こいつ海外に行ってる間に免許失効しちゃってさ、取り直しに行ってないんだよ。仕事柄機材とかあるし成宮さんに専属で送迎してもらえると助かるんだ」
いやそれ、私じゃなくても……。
そうは思えど瞬時に言い返せる心陽ではない。
「……はぁ」
ちらりと小松の横に座る鹿屋に視線を向けてみた。
小松とは正反対。
色白で細身の小松と、その小松より上背のあるがっしりとして日に焼けた肌の鹿屋。
柔和な小松と、どこか取っ付き難い雰囲気の鹿屋。
いや、いやいや。
……嫌です。
小松ならまだしも、鹿屋は遠慮したい。
絶対緊張する。
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