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婚約式~聖女の結婚事情
(結局、こうなるんだよね……)
そんなことを胸の内に思いながら、わたしはそっと前が割れたデザインのドレスの裾を割って裸の股間を晒した。
神子の女の子がすかさず美しい水晶のゴブレットを差し出し、その部分を隠してくれる。
この子とはもう何度か一緒に儀式をしていて、この辺の呼吸も打ち合わせなくてもピタリと合わせられるようになっている。
この子のおかげで聖女の儀式がちょっと楽に感じるようになった。
来年は結婚が控えてて、神子の仕事は今年いっぱいでおしまいだという。ちょっと残念だけど、幸せそうなのでヨシとしよう。
わたしは尿意がこみ上げてくるのを待って、そっと股間に力を込めた。
その小さな双丘のあわいから金色に輝く聖水がほとばしり、ゴブレットの底を満たしてゆく。
シィーーーー…………
コポポ……チョボボボボ……
まことに悪趣味なことに、その音が拡声の魔法で貴族が居並ぶ会場の隅々に届けられている。
向かいには正装のフランツ。
ニコニコ……いや、若干ニヤニヤ混じりの笑みを浮かべている。
わたしはフランツに見守られつつ公衆の面前で放尿しながら、軽く彼を睨む。
あなたが黒幕でしょ?! わかってるんだからね!
それを知ってか、フランツは軽く肩をすくめる。
放尿が終わると、神子の子がゴブレットを下げて綺麗な白いハンカチで股間の雫を拭ってくれる。
ドレスの裾を整えられ、この恥ずかしい儀式を終えた。
いや、儀式そのものはまだ終わってないんだけど、わたし的には放尿が終わった時点で、もう終了した心地なのだ。
わたしが身繕いしている間に、さっきのゴブレットの中に入れられていた魔石が取り出され、絹のクッションが敷かれたお盆に載せられて運ばれてくる。
それは白く輝く美しい石で、列席者一同がホウとため息をついた。
司祭長の側に用意された金属(ミスリルとか言ってた)の輪っか──一方が開いた、視力検査の輪っかみたいな形の──をフランツの手首に嵌め、わたしの魔力が染み込んだ魔石をその開いたところに入れる。
そして手をかざして魔力を流すとそれはしっかり固着し、美しい銀色のブレスレットになった。
そしてわたしの左手首にも同じ金属の輪が嵌められ、蜂蜜飴みたいな石が取り付けられた。
フランツの主属性、地の魔力の色だ。
そして互いの魔力の石をつけた手を重ね合わせて儀式は終わる。
この瞬間、わたしとフランツは正式な婚約者になった。
自分の婚約式なのにみんなの前でおしっこさせられる意味がわからないんだけど。
魔石を染めるだけなら、普通にフランツと同じようにできるのに。わたし、別におしっこだけしか魔力がないわけじゃないのよ?
控え室に戻って儀式用の盛装からちょっとカジュアルダウンしたドレスに着替える。
フランツやクレイグス家の人たちと合流して、婚約式が執り行われた光の神殿から出ると豪華な馬車が横付けされていた。
「うぇー馬車ぁ」
げんなりして思わずこぼす。
「今日ばかりは徒歩ってわけにもいかないからな。〈浮遊/レビテーション〉これでいいだろ?」
フランツが同乗する面々──自分とわたし、それにフランツのご両親──に魔法をかけた。
体がほんのちょっと、数センチばかり座面から浮く。めちゃ柔らかいエアークッションを敷いてるみたいな感覚だ。
馬車が次の目的地、クレイグスの王都屋敷に向けて走り出す。相変わらずゴトゴトとすごい振動だが、浮いてるお陰で全く振動の影響を受けない。なにこれ、すごい!
ってか、ズルい! 前に馬車に乗った時、フランツ自分だけこんなの使って楽してたの?!
「フランツ……こんなのあるなら、最初から使ってくれたらよかったのに」
「馬車初体験なら、一度は味わっておかないといけないだろう?」
フランツが澄まして答える。
まあ、たしかに最初からこれ使ってたら馬車の辛さは知らないままだったけど。楽だからって車感覚でガンガン乗ってたりしてたかも。
風魔法の練習しよう。これ便利過ぎる。
「魔法が使えない人はこれに耐えてるんだよ」
「……そうですね」
思わずシュンとしてしまう。
「まあ、俺は乗り合い馬車の待合所とかで〈浮遊〉の魔法陣の護符を売って小金を稼いでるから、あまり馬車の乗り心地が改善されると困るんだけどね」
「うわぁ」
思わず引いた。
腹黒いわ、この魔術師。
「貧乏な連中は徒歩で旅する。乗り合いを使うような連中はそこそこの金持ちだからいいんだよ。本当の金持ちは最初から馬車そのものに〈浮遊〉の魔石を仕込んでるし」
「へえ~」
神殿からクレイグス邸までは徒歩でもそうかからない距離なので、そんなことを言ってる間に着いてしまった。
いや、それより! どうしても聞きたいんだけど!
クレイグス邸に着いて、しばらくはノンビリできる。
夕刻からは親しい人たちを招いての婚約御披露目夕食会だ。
わたしとフランツはクレイグス邸の一室でお茶をいただいてくつろいでいた。
この屋敷の当主であるアルノルトは夕食会の采配で忙しいらしい。
「フランツ。ちょっと聞きたいんですけど。魔石への魔力付与、普通にできるのになんでわざわざ聖水でさせたんですか?」
不満で口が尖る。
「俺だって、婚約式くらいはオーソドックスな形ですすめたかったんだよ。でも、聖水の聖女の婚約式だろ? もうみんな期待しててさ」
「えー、聖水をですか? あんなの、いくら小綺麗に繕ってもただの排泄行為ですよ。不快な人だっているんじゃないですか? 女性とか」
「いや、それがさ、今やむしろ女性のほうが見たがってすごいんだよ!」
「うぇ?! なんで?」
危うく紅茶を吹きかかってむせる。
フランツは上品に一口お茶を含み、最近にわかに盛り上がってきたという、ある噂について語り出した。
「まず、順を追って説明すると、そもそも始まりは治療院で聖水をもらって飲んだ女性が、びっくりするほど綺麗になったんだよ。病気がよくなっただけじゃなくて、肌の色艶まで回復して、それどころか若返ったとまで言われてね。
で、その彼女っていうのが酒場の歌姫だったんだ。病気で喉をやられて歌えなくなって、容色が衰えてパトロンにも捨てられてしまい、貧民街で食うや食わずの生活をしていたのさ。
そんなある日治療院の噂を聞いて、藁にも縋る思いで治療を受けた結果そうなったからびっくりでね、早速酒場に復帰したんだ。
そうしたら、なんと酒場に客として来ていた騎士に見初められたんだ。そして熱烈な求愛を経て、結婚したわけだ。
どん底からの華麗な逆転劇に、貧民街の女性たちは盛り上がったよ。またたく間に、女神の聖水を得れば幸せになれるって噂が広まったんだ。
けれど、そう簡単に手に入るものじゃない。庶民が手に入れるには治療院で治療を受けるしかないけど、軽い症状なら神官の治癒魔法で済まされてしまう。
そこで、どうしても入手できない女性たちによって拡大解釈が起こった。聖水を飲まなくても、女神が聖水を授ける姿を見るだけでも良縁に恵まれるってね。
まあ、そうであってほしいという願望だろうな。
ただ、その噂が日増しに膨らんでいってるのを見ると、本当に幸せになってる人が多いんじゃないかな。なにせミアンは本当に光の神の寵を得ているからね」
「ふえー……」
びっくりし過ぎて言葉もない。わたしが知らない間にそんなことになってるなんて。
喉をやられて歌えなくなった歌姫、いたっけ?
…………あー! いたかも! たしか声が出ないって言ってた人。すぐには治りきらなくて、三日分って小瓶で渡した気がする。
……え、けっこうなおばちゃん(失礼)だったよね? え、その後、そんなことになってたの?
「そっか。女性たちが幸せになるお手伝いができてるなら嬉しいけど……うーん」
まあ、光の神は命の神だ。命の神ってことは、新たな命を紡ぐ結婚、つまりは縁結びも引き受けてくれるってことなのかもしれない。
わたしを通じて女性たちが光の神様に祈りを捧げる形となった結果、幸せになれたって可能性はある。
それなら、ぜひ、直接光の神殿で祈ってほしい。なにもわたしの恥ずかしい姿を挟む必要はないと思うんだけど。
「男どもの助平根性だけなら是非とも裏切ってやりたいけど、女性たちの期待は、ちょっと裏切りにくいよね」
フランツが困ったように笑う。
たしかに。今後光の神殿に誘導するにしても、当面は難しそうだ。
軽くため息をつく。
いいけどね。もう慣れたよ。
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