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クレイグス邸の大広間では食事を終えて食堂から移動してきた人々がさんざめき、楽師たちが即興で演奏を始めた結果、いつの間にか舞踏会が始まっていた。
王室の絡まない、気楽な集まりの舞踏会だ。踊る順番とかそんなのも気にせず、みんな好きな相手と楽しげに踊っている。
ふわりふわりとターンを決める女性たちのドレスの裾にふと目が留まる。
「前、割れてる?」
「ん?」
唐突なわたしの言葉にフランツが首を傾げる。
「いえ、女性たちのドレス、なんかやけに足が見えるな、と思って」
「ああ、あれ、最新流行なんですよ!」
わたしの疑問に答えてくれたのは侍女としてドレスを纏って控えてるエルナちゃんだった。
「ミアン様がいつもそういうデザインのドレスを着るじゃないですか。それで、あやかろうとした令嬢が同じようなデザインのドレスを仕立てたんです。そしたら、ターンの時に足がチラッと見えるのがセクシーだってすごい評判で、一気に広まったんですよ!」
「へえ……」
わたしが実用一点張りでやむなく着てる前開きドレスは、意外な形で評価されたらしい。
ターンで裾が翻るなんて、踊れないわたしに気付けるはずもない。
「あっ、でも……」
エルナが声を潜める。
「本来の用途でも便利でいいって、侍女たちから評判ですよ。ほら、舞踏会ってお花摘み大変じゃないですか。王宮のなんて特に!これなら、侍女がミアン様の愛用するボトルみたいなのを隠し持って、休憩室でドレスの合わせから差し入れて済ませられるから。お花摘みができなくて泣く泣く途中退席する令嬢とかもいましたからね~。中庭とかでしちゃう人も多くて、庭を汚されて大変だって、ルース様が怒ってらっしゃいましたし」
「……マジで?」
「マジですよぉ」
舞踏会は侍女にとっても勝負の場ですからね……良縁を掴むために。途中退席なんて、したくないんですよ、とエルナはキラリと目を光らせた。
「エルナちゃんもそうなの?」
「わたしはミアン様一筋です! ミアン様のお側にいられなくなる縁は要りません!」
キッパリと言い切ってくれた。
いい子だなぁ。思わず目頭が熱くなる。もう、抱きしめてあげたい。
「ま、エルナはうちの使用人の男連中がみんな狙ってるからな」
フランツがポソッと呟くと、エルナが目を爛々と輝かせて食いつく。
「え、え、え、例えば誰ですか?!」
「あー、そこは、俺の口から言うわけにはいかないな」
「そっかー、よかったね」
フランツのところの使用人なら、結婚してもずっとそばにいられるね、とニコニコする。
「やあ、二人ともこんなところにいたのか。踊らないのかい?」
声をかけてきたのはアルノルトとその夫人のティアナさんだった。
子爵夫人は、ほわほわした可愛いタイプのアルノルト&フランツ兄弟の母リザリーさんとは違って、キリッとした清楚系の女性だ。明るいブラウンの髪が艶やかで美しい。
「踊らないというより、踊れないんです」
わたしはそう答え、シュンと肩をすくめる。
「ミアンは渡界人だからね。故郷の国では舞踏会なんてなかったそうだし」
「そうなのか!」
フランツの言葉にアルノルトが目を丸くする。
「全くないというわけではなかったんですけど、ダンスは一部の人たちが楽しむものと言うか……貴族がいない国でしたから、国民のほとんどが平民で、ダンスでの社交は必要としてなかったって感じですね」
「へえ! それなら、どういう風に人と交流を持つんだい?」
「ええと……職場の仲間とかと飲み会、いえ、食事会とかですね」
「食事の後踊ったりはしないんだ?」
「はい。ひたすらずっと食べて飲んで喋ってるだけです」
「遠い席の人と喋りたい時にはどうするんだい? 諦めるの?」
「あ、なんか途中でみんなあちこち移動し出します。お行儀悪いですけど」
「はは、立食パーティーみたいなものか。それも楽しそうだね! 今度私たちもそういうパーティーをしてみようか?」
「いいけど、女性にはきついわね。すぐにドレスがきつくなってしまいそうだわ」
アルノルトの言葉にティアナさんが答える。
「私なんかがあまりこういうことを言うと、デリカシーがないと怒られそうだけど、私は、女性ももっと楽なドレスを着ればいいのにと思うんだよ。せっかくのご馳走がほとんど食べられずに帰るのは、気の毒でしょうがないよ」
アルノルトが眉をハの字にする。
「アル、そういう話をしにきたのではないのでしょう?」
つい話に夢中になってしまうアルノルトを、そっとティアナさんが軌道修正する。いい夫婦だ。
「あ、そうだった。君たち、ちょっと向こうで話せるかい?」
アルノルトがフランツとわたしを別室に誘ってきた。
なんだろ。
わたしは踊れないし、フランツはダンスに興味がないし、というわけで特に否やもなくわたしたちはアルノルト夫妻に続いて大広間を後にする。
わたしたちはパーティーの参加者には解放されていない奥のエリアの一室に下がり、テーブルを囲んだ。エルナは壁際ギリギリに立って控える。
「実はね、君たちの結婚について、宰相閣下から話があったんだ。ミアンは聖女であり、今やカーギィオンを支える存在だ。普通に結婚したら、もう聖女としての儀式参加はできなくなってしまう。それでは困るからね。それについてフランツの方から提案したそうだが、結果的にはほとんど丸飲みで了承された形になったよ」
「そうか、それはよかった」
フランツがニコリと微笑んだ。
「どんな提案をしたんですか?」
尋ねると、それについての返答はアルノルトのほうからされた。
「宰相閣下からの通達も合わせて、私が答えよう」
一呼吸おいて、皆を見渡す。
「まず、ミアン。君は国王陛下であるジークベルト様の養女となる」
「……は?!」
思わず口が開く。
いや、ジークベルトって、あのジークベルト?
いやいや、無理があるでしょ! 年近すぎるよ! ……あれ、ジークベルトって何歳?
「いや、養女って、だってわたし、こう見えても立派な成人女性ですよ? 今年二十三歳になったんですよ? 無理があるでしょう!」
えっ?! と小さく声が上がった。ティアナさんが口元を押さえていて、どうやら声の主は彼女らしかった。
……見えない、ってことですね。すみません、そうなんです。
日本人が幼く見られがちなのは知ってます。でも、わたし、何歳くらいに見られてたんだろう。
「まあ、無理ではないさ。国王陛下は私と同い年だ。それに、義理の父になるのに年齢はさほど問題じゃない。
神殿側では生涯未婚で聖女として清く生きてほしいという意見もあったが、さすがにそれは本人が希望してないのに強制はできないからね。
国王陛下の養女にというのはフランツからの提案だったが、ジークベルト様も快く了承して下さった」
「そうか、それは良かった」
フランツが笑みを浮かべて言う。
「でも、何で陛下の養女なんですか?」
いきなり王族とか、怖いよ。
「結婚後も聖女としての立場を守るためだ。夫の影に隠れるような低い身分じゃダメなんだ。誰よりも高い身分を与えて、結婚しても“クレイグス夫人”じゃなくて“ミアン・ヒジリ”でありつづけなければならない。王族なら、公爵待遇だろう? そのくらい身分が高ければ、俺と結婚しても、俺が霞んで見えなくなる。それでいい。それが狙いなんだ」
フランツがそう答えた。
「そう。その通りに説明したら、陛下もいたく感心しておられた。そして、ミアンには養女に迎えたあと、“聖女”という新たな身分を作り、公爵と同等と定めるとおっしゃった。ただし、その身分は一代限り、子孫に継承はされないとのことだった」
「ああ、それでいい、充分だ」
フランツが満足そうに頷く。
「どうせ俺たちの子なら、魔術師になれるだけの魔力は持ってるだろうからな。王宮魔術師で男爵位は自力で取れるだろ」
フランツの言葉にふと、“魔術師の子なのに魔力ゼロで追放されました”なんてラノベタイトルが浮かんでしまう。大丈夫よね。もし万が一になっても追放なんてさせない。わたしがなんとかしてあげる。
「結婚後も二人は別姓を名乗るが、子どもは父方の姓を名乗らせることとする。ただし、もしもミアンと同じ聖水の力を持つ子が生まれた場合、その子はミアン同様に国王陛下の養子となすとのことだ。後天的に現れた場合も、その時点でミアンと同じ王族の姓に変わる」
「……わかった」
フランツが再び頷く。
夫婦別姓か。なんか、先進的な夫婦になるのね。
ちょっと他人事みたいにそんなことを考える。
「それにしても、よく貴族たちにミアンの結婚を了承させたな」
というフランツの言葉に、アルノルトがニヤリと笑って答える。
「ああ、簡単だったよ。未婚で過ごせば、ミアンの能力は彼女と共に失われる。しかし、結婚して子が産まれれば、その子に能力が継承される可能性がある、と言ったら、一も二もなく了承したよ」
「結局、わたし、結婚後もみんなの前で“聖水授与”するんですね……」
ちょっとしょぼくれて呟いたら、ポンポンとフランツに肩を叩かれた。
慰めてるつもり? あなたが最大の戦犯なの、ちゃんとわかってるからね?
ジロリと横目で睨みつけると、フランツは素知らぬ顔でお茶を口に運んだ。
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