三の敵 辺境伯

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 黒い騎士はわたしたちを取り囲むべく、ジリジリと距離を詰めてくる。主のベッドもお構いなしで踏みつけてくる。  ここにいるのはかえって悪手だ。  「リンツ、行くよ」  わたしはそっと声をかけた。  リンツは小さく頷き、次の瞬間、寝室の中央、最も黒い騎士が多くいる一角に飛び出していき、そのまま彼らを相手に徒手格闘を挑みかける。  リンツは体そのものが武器みたいなものだ。しかも光の属性だから、悪霊相手にもダメージを与えられる。  わたしもベッドの脇から出て、残る幻影騎士に対峙した。  〈聖水生成/ジェネレートホーリーウォーター〉発動。  幻影騎士はわたしを捕獲すべく、距離を詰めてくる。  わたしは無力な小娘に見えるよう、棒立ちでキョロキョロしてみせる。  黒い騎士が無造作に手を伸ばしてきた。  ──今だ!  「〈聖水回し蹴り/ホーリーウォーターラウンドキック〉!」  わたしに手を伸ばしてきた幻影騎士にハイキックを繰り出し、その脚をそのまま横薙ぎに振り払う。  蹴りと共にわたしの股間から聖水が射出され、聖水弾となって敵を撃ち抜く。  まともに食らった何体かが消滅した。  蹴りを当てる必要はない。敵を牽制しつつ聖水を放つ、そのための体術なのだ。  リンツは十体余りを引きつけている。残るは五体。  今の攻撃で幻影騎士はやや怯んだか、すぐには手を出してこない。  わたしは一番近くにいる一体に向けて踏み込む。  「〈聖水蹴り/ホーリーウォーターキック〉」  呪文と共に正面蹴りを繰り出した。  蹴りはかわされたが、蹴りと共に撃ち出された〈聖水弾〉は、幻影騎士の腹を直撃する。  幻影騎士がまた一体消滅した。  わたしはそのまま、その横にいた騎士に向けて横蹴りを繰り出す  呪文は一度唱えれば、その後しばらく効果を持続する。  真横に向けて水平に繰り出した蹴りも避けられてしまったが、射出された〈聖水弾〉は避けられず、幻影騎士を捉える。  また一体消滅。  後ろから迫る卑怯者に気づき、そのまま後ろ蹴りを放つ。ブーツに光の祝福をかけてあるから、当たれば蹴りでもダメージを与えられるはずなんだけど、今のところ全く当たらない。  この後ろ蹴りもかわされ、聖水弾で仕留めることになった。  この蹴りは〈聖水弾〉の照準の役目もはたしている。蹴りで狙った相手に〈聖水弾〉が放たれるのだ。  蹴りを当てなくてもいいので、わたしのへなちょこキックでも敵を倒せる、とても使い勝手のいい技だ。  わたしの方が残り二体、リンツの方に三体。  まとめて片づけようか。  「リンツ、下がって!」  わたしの声がけにリンツは意図を察し、素早く身を翻す。わたしは幻影騎士五体を待ち受ける。  「〈聖水竜巻蹴り/ホーリーウォータースパウトキック〉!」  高々と脚を上げ、そのまま一回転した。  わたしの股間から聖水が噴き出し、回転と共に水煙の煙幕を作り出す。  その煙幕に巻き込まれた幻影騎士が次々消滅し、ギリギリ逃れた一体がリンツに仕留められた。  ちなみにこの技を見たハイノさんは、笑いを堪えすぎて悶絶していた。  そのハイノさんは──。  幻影騎士を片づけ、周囲を見回すと、遠くから剣戟の音が聞こえてきた。  「行こう、リンツ!」  リンツはコクリと頷き、先に立って寝室を駆け出た。  剣戟の音は階下から聞こえていた。  階段を駆け下りる。  二人は一階の大広間にいた。ハイノさんはボロボロになっている。  ヤバい。  わたしは聖水の小瓶を取り出し蓋を開けつつ呪文を唱える。  「〈大治癒/メジャーヒール〉」  聖水の口をハイノさんに向けると、魔法と共に聖水が噴き出し、ハイノさんを包む。  だいぶ癒えたようだけど、いかんせん実力差が厳しい。やはり、フォルマーは勇者クラスの実力者のようだ。  なら、相手の力を削ぐことができれば──。  視線を巡らすと、さっきのわたしの放尿跡がまだ乾ききらず、残っているのを見つけた。  なら──。  わたしは大広間の入り口側の門に向かうと、そこにしゃがんで聖水(おしっこ)を放った。  更に反対側の角に走ると、そこにも放尿する。  大広間の中央で戦っている二人を囲むように、三角形の結界が完成した。  「〈領域浄化/エリアピュリフィケーション〉」  白い光が二人を包んだ。  さきに屋敷に対し行ったよりもぐっと範囲が狭い分、効果も高いはず。  「ぐぅぅ……!!」  フォルマーのものと思しき呻きが聞こえた。  甲冑にピキピキとひびが入り、やがてゆで卵の殻のように剥がれて落ちた。  「ぐっ……」  フォルマーが剣を抱えたまま膝をつく。  「フォルマー卿、もう、いいでしょう?」  ハイノさんが肩で息をしつつそう言って、説得しようとメイスを下ろす。  フォルマーはいきなり立ち上がり、  「まだまだだ!!」  そう叫んでハイノさんに向かって剣を構え、真っ直ぐ突っ込んでいく。  止める隙もなかった。  リンツが反応したが、間に合わない。あの魔法を受けても、まだこんな力を残してるなんて。  ハイノさんの腹部に、フォルマーの剣が深々と突き刺さった。  「くぅっ……」  ハイノさんが呻いて崩れ落ちる。  「ハイノさん!!」  わたしは彼に駆け寄った。  リンツはフォルマーに向かって行き、戦いを挑む。  二人はそのまま戦闘に入った。  わたしはハイノさんの服をめくりあげ、傷口を調べる。  出血が多い。深い刺し傷は心臓をかすめているようだ。一刻を争う。  わたしはハイノさんに跨がった。  「ごめんなさい、ハイノさん。ちょっと目をつぶっててください!」  そう声をかけると、そのまま傷口に向けて聖水(おしっこ)を放った。  「ミアン様?!」  ハイノさんが驚いて目を見開くが、至近距離でわたしのソコを目の当たりにしてしまったのであろうか、慌てて目をつむる。  「目をつぶっててって言ったじゃないですか」  わたしは文句を言いながら、ハイノさんの上腹部に向かっておしっこをかける。  薄い茂みにけぶる小さな割れ目からほとばしった細い水流が、キラキラと光る金色の水飛沫となり、ハイノさんの六つに割れた逞しい腹筋の上で弾け飛ぶと、深い刺し傷がみるみる小さくなっていく。  どうやら傷は塞がったようだ、と見て、わたしは放水を止めた。  滴るしずくを拭こうとハンカチを出すため物入れを探っていると、部屋が静かなことに気づく。  「…何を、して…」  フォルマーが震え声で尋ねてくる。  リンツは急に戦意を無くしたフォルマーに攻撃してもいいのかどうか迷っている様子だ。彼はゴーレムなので、どうやら相手の戦意に反応する習性があるらしい。  リンツに『もう戦わなくていい』と合図する。  「治療です」  スン、として答える。  ハイノさんをこんな目に合わせる奴に振る舞う愛想なんて持ってない。  わたしは取り出したハンカチで股間を拭った。  「その、破廉恥な行為が治療だと?」  「破廉恥言わないでください」  思わず顔をしかめた。わかってはいるけど、言われたくない。  ハイノさんはフォルマーに顔を向け、目を開いてから言った。  わたしを見ないように配慮してくれている。相変わらず紳士だ。  「彼女は聖女です。そして、その身から出ずるのは光の神の祝福を受けた聖水です。善き者を癒やし、邪なるものを退ける尊いお力なのです」  キリッとした顔で言うが、わたしに跨がられたまんまなので、どうにも締まりがない。  追い打ちのように、リンツがそそくさと寄ってきて、わたしが拭く前に逞しいお腹を濡らしている聖水をペロペロと舐め始め、くすぐったさにハイノさんが「うひゃ!」と声を上げて身をよじる。  「たしかに傷は癒えてるようだが……」  フォルマーが声を震わせ、やがて  「……非常識な」  と言って、ガクリと膝をつく。  わたしがハイノさんの上から退くと、代わってリンツが彼に跨がる。嬉しそうにペロペロとお腹を舐める様は、にゃんこがじゃれついているようで微笑ましい。  ハイノさんはお腹が弱いらしく、ひゃあと声を上げつつしきりに身をよじっているが、がっちりリンツに四肢をホールドされている。  ガチムチがショタに押し倒される様はなかなか倒錯的な眺めで、大変よろしい。  「非常識なのは、とても良くわかっていますよ」  わたしはにっこり微笑み、崩れ落ちたフォルマーに向けて、そう言った。
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