決闘

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決闘

深夜の訓練場に僕たちはいた。 僕の正面にリチャード・レッドフォックスがいる。右手に短剣が握られている。柄に宝石が埋め込まれたものだ。貴族が持つのにふさわしい豪華なものだ。 リチャードとの距離は約十メートルほどだ。 決闘の立会人はシルヴィアがなってくれた。 立会人をたてるのが魔術師同士の決闘のルールらしい。 十メートル向こうにいるリチャードは明らかにわかるほどの憎悪の瞳で僕をにらんでいる。 やつからしたらぽっと出の僕に愛しのシルヴィアを奪われた気分なのだろう。しかも僕は貴族とは名ばかりの貧しい家の出自である。確かレッドフォックス家は四大公爵家の次に名門とされる五侯爵家の一つだったはずだ。 「さあ、覚悟はできているな石ころ」 リチャードは僕を侮辱する。短剣の切っ先を僕に向ける。どうやら彼はやる気満々のようだ。 「お互いどのような結果になっても文句なしよ」 シルヴィアはそういい、右手を上げる。 この右手が下ろされれば、決闘開始の合図である。 僕はそのシルヴィアの言葉に頷いて答える。 僕の頷きを見たあと、シルヴィアは一気に右手を振り下ろした。 「炎の竜よ、我が敵をその牙でもって切り裂け」 高笑いを浮かべ、リチャードは低い音律の呪文を唱える。 彼の短剣の切っ先に空気が渦をつくる。すぐに着火し、紅蓮の炎が浮かぶ。 その赤き炎はよく見ると竜の顔をしている。そして、大きく口をあける。狂暴きわまりない炎の牙が見える。 僕は右手を真横に向ける。 僕が唯一使える魔法は亜空間から物を取り出すことだ。 それは僕の右手中指にはめられた夢幻の指輪の効果だ。 約五メートル四方の空間に自分の好きなものを保管しておけるという能力だ。アイテムボックスなんていいかたをする者もいる能力だ。 僕は亜空間に保管していたとあるものを取り出す。 それは一冊の大きな本だった。革の表紙が豪華なものだ。その革の表紙には四本のサーベルが交差したものが描かれていた。 「はあっ? 本なんか取り出してどうする気だあ」 リチャードの言葉は完全に僕を馬鹿にしていた。 その油断が君の敗因だよ。 僕はパラパラと本をめくる。 腐ってもやつは魔力数値の高い貴族だ。確か蒼玉(サファイア)級だったはず。手加減する筋合いはこちらにはない。 最初から全力でいかせてもらう。 「焼け死ね!!」 リチャードは短剣を僕に向けてふりおろす。火竜が大きく口をあけ、僕の体を焼きつくし、切り裂こうと襲いかかる。 こんなものに襲われたら僕は一瞬で黒こげになり、消し炭になるのは間違いない。 ただ手をこ招いていればの話である。 黙ってやられる訳にはいかない。 こんなやつに殺られるなんて、シルヴィアが好きになってくれるはずがない。 僕は本を握り、精神を集中させる。 ぼわっと本が淡く光る。 「三千世界の彼方より出でよ、我が友」 僕は静かにそう言うと、複雑な魔法陣が目の前に展開される。 そこから一人の人物が出現した。 羽付のついたつば広帽子を浮かぶり、青いマントを着た背の高い男だ。 「なんだそんなものを呼び出しても僕には勝てないぞ」 あの人を見下した目でリチャードは僕たち見て、罵倒した。 まさに今、その火竜が僕の呼び出した男を焼き殺そうと噛みつく。 その炎のせいでかなり熱い。 僕が呼び出した男は腰のサーベルを抜くと文字通り目にもとまらぬ速さで火竜を切り裂いた。火竜は四つに分断され、霧散する。 リチャードは驚愕の表情を浮かべる。 たかだか(ストーン)級の魔力しかない僕が呼び出した男が、貴族の魔法を簡単に切り裂いたのだから。 「遠慮はいらないダルタニアン。奴を殺してしまえ」 僕は自身が呼び出した英雄にそう命じる。つば広帽子の男は軽く頷く。 サーベルを鞘に戻し、次にマスケット銃をリチャードに向ける。 ためらわずにダルタニアンは引き金をひき、鉛玉がリチャードの下腹部にめり込む。だらだらと血を流し、リチャードは座り込む。両手で下腹部に空いた穴を押さえるが、血が止まらないようだ。 みるみるうちにその端正な顔が青くなる。 ダルタニアンは再びサーベルを抜刀し、リチャードを切りつける。簡単にやつの右手は短剣を握ったまま、吹き飛んだ。 「ぎぃやあああ!!」 それは聞くに耐えない悲鳴だ。 「た、頼む…… 助けてくれ」 腹と右手手首から血を流しながらリチャードは命乞いをする。 おい、どうしたんだ。さっきまでの威勢はどこにいったのだ。 僕は本を閉じる。 そうするとかの英雄ダルタニアンは元の物語世界に帰還した。 ちらりとシルヴィアを見る。 実に楽しそうに微笑んでいる。 かつかつと足音をたて、僕に近づく。 僕の顔をそっと撫でる。 シルヴィアの白い手はなんて心地よいのだ。 「こいつうっとうしかったのよね。お父様に何か頼まれてたみたいだけど、ずっと私のまわりをうろちょろしていて、不愉快だったのよね」 まるでゴミでも見るような目でシルヴィアはリチャードを見た。 こんな目で見られたくないと僕は心底思った。 リチャードは残る左手で、シルヴィアの足首をつかもうとする。瀕死の彼はどうやら彼女に助けを求めようとしているようだ。 「だから言ったじゃない。私にかまわずに別の友だちと仲良くしなさいって」 シルヴィアはそう言うとその左手てを思いっきり踏みつけた。 「ぐぎゃああ……」 せっかくの美男子が台無しな悲鳴をリチャードは上げる。 「せめて私の魔力の糧になりなさい」 シルヴィアはそう言うと右手を天井に向ける。瞬時に死神が持つような大鎌があらわれ、その手に握られる。 ぐるんと大鎌をふるい、切っ先をリチャードの背中に突き刺す。 「さあ、ジャック・オー・ランタン。たっぷり吸いなさい」 シルヴィアのその言葉のあと、魔力を吸い尽くされたリチャードは枯れ木のような体になった。その体はどこかに消え、彼の服だけが残った。
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