悠聖の来訪

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悠聖の来訪

 来客の名を聞いて、途端に苛立ちを頬へ浮かべた雷斗(らいと)が、渋々と書斎の椅子から立ち上がった時、廊下を歩く客人が、女中の美代(みよ)に詰まらないを向ける声が、近付き響いて来た。  美代を、押し退けるように部屋へ入って来たのは、桐ヶ谷 悠聖(きりがや ゆうせい)で、 「よう、雷斗。今日もお前は美しい。高貴な剣弁高芯咲きの白薔薇の如しよ。屋敷の庭で揺れている、秋明菊の歯軋りが聞こえそうだ」  不快を眉間の皺に寄せた、雷斗に気付くも、歯の浮くような白々しいお世辞を、つらつら口に乗せた。 「突然訪ねて来るとは──なんだ」  来訪の意図に疑問を向けた雷斗だが、悠聖の背中側から姿を見せた少年に、 「こんにちは、四万城(よもぎ)先生。お初にお目に掛かります」  丁寧に頭を下げる挨拶を向けられ、不愉快に歪んだ口唇を平常に戻した。 「これは、俺の書生、唯姫夜(ゆきや)だ。先週から家に入って貰ってる」  悠聖の口振りは、自慢の逸品でも披露するようで、鼻白んだ雷斗だが、唯姫夜は確かに自慢したくもなるほど、見目麗しい少年だった。 「ふん。散々『若い書生だなどと如何わしい』とかなんとか、私をコキおろしておいて? お前の書生も随分若く、可愛らしいではないか?!」  一息に言葉を投げつけられ、悠聖は塩っぱい顔を見せたものの、 「俺も書生は考えて無かったんだがな……。お前のところの晴幸(はるゆき)を見ていて、可愛い書生はありだなと──」  顎に手を当て擦りながら、悠聖はだらしなく嘲った。 「──いやらしい奴だ」  くるん──と椅子を回して、背中を向けた雷斗へ、『お前が言うか』と悠聖は嗤った。 「ところで、お前の可愛い晴幸は?」  姿の見えない晴幸を尋ね、そのタイミングで呼ばれて応えるように、晴幸が書斎へ姿を見せた。 「桐ヶ谷先生、ご無沙汰しております」  礼儀正しい挨拶を受け、悠聖の頬は途端に綻び、 「唯姫夜、雷斗の書生、晴幸だ。気の利く大変書生だ。お前も見習うように」  片方の頬を歪める、嫌な嗤いを見せると、 「そうだ、唯姫夜、お前暫く晴幸に着いて、書生の何たるかを学ぶと良い──うん、それが良い。そうしよう」  自分で出した案に、自分で賛成して見せると、 「てな訳で、ここに暫く唯姫夜を置いていく──何なりと遣ってくれ。なに、給金など不要だ、授業料だ」  強引に話を繰り出し、ワッハッハ──と笑った。 「おい、勝手に決めるな──」  一方的な申し出に、雷斗は慌てて断りを向けたが、 「どうぞ宜しくお願いします──。晴幸さん、ご指導承らせて頂きます」  それを無視するよう、深々と頭を下げた唯姫夜は、恭しく晴幸の手を取った。 「桐ヶ谷 先生、素晴らしい機会を頂き、有難うございます。では、今宵から、寄せて頂くことと致します、四万城先生、お世話になります」  悠聖に似て先走った強引さで、話をグイグイ進めた。 「いや──私はまだ承知したでは……」  流石に困惑を顕わに、雷斗が言葉を挟むと、 「ご迷惑でしょうか?」  まるで泣き出しそうなほど、瞳を潤ませた唯姫夜は、助言を求める具合に、悠聖へ目を向けた。 「書生との水入らずを、邪魔されたくは無いのかも知れないが、四万城先生は、そんな了見狭い男でもあるまい──」  雷斗の視線を受けた悠聖は、わざとらしく思いを巡らすように、『ふぅむ』などと唸って見せた。 「雷斗、唯姫夜が気に入らないか? そうで無いなら、どうか宜しく頼む。ほれ、この通り──」  テーブルに手を着いて、大仰(おうぎょう)に頭を下げ、倣うように、唯姫夜にも頭を下げられ、不承不承雷斗は頷くしか無かった。
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