7人が本棚に入れています
本棚に追加
悠聖の来訪
来客の名を聞いて、途端に苛立ちを頬へ浮かべた雷斗が、渋々と書斎の椅子から立ち上がった時、廊下を歩く客人が、女中の美代に詰まらないおべっかを向ける声が、近付き響いて来た。
美代を、押し退けるように部屋へ入って来たのは、桐ヶ谷 悠聖で、
「よう、雷斗。今日もお前は美しい。高貴な剣弁高芯咲きの白薔薇の如しよ。屋敷の庭で揺れている、秋明菊の歯軋りが聞こえそうだ」
不快を眉間の皺に寄せた、雷斗に気付くも、歯の浮くような白々しいお世辞を、つらつら口に乗せた。
「突然訪ねて来るとは──なんだ」
来訪の意図に疑問を向けた雷斗だが、悠聖の背中側から姿を見せた少年に、
「こんにちは、四万城先生。お初にお目に掛かります」
丁寧に頭を下げる挨拶を向けられ、不愉快に歪んだ口唇を平常に戻した。
「これは、俺の書生、唯姫夜だ。先週から家に入って貰ってる」
悠聖の口振りは、自慢の逸品でも披露するようで、鼻白んだ雷斗だが、唯姫夜は確かに自慢したくもなるほど、見目麗しい少年だった。
「ふん。散々『若い書生だなどと如何わしい』とかなんとか、私をコキおろしておいて? お前の書生も随分若く、可愛らしいではないか?!」
一息に言葉を投げつけられ、悠聖は塩っぱい顔を見せたものの、
「俺も書生は考えて無かったんだがな……。お前のところの晴幸を見ていて、可愛い書生はありだなと──」
顎に手を当て擦りながら、悠聖はだらしなく嘲った。
「──いやらしい奴だ」
くるん──と椅子を回して、背中を向けた雷斗へ、『お前が言うか』と悠聖は嗤った。
「ところで、お前の可愛い晴幸は?」
姿の見えない晴幸を尋ね、そのタイミングで呼ばれて応えるように、晴幸が書斎へ姿を見せた。
「桐ヶ谷先生、ご無沙汰しております」
礼儀正しい挨拶を受け、悠聖の頬は途端に綻び、
「唯姫夜、雷斗の書生、晴幸だ。気の利く大変良く出来た書生だ。お前も見習うように」
片方の頬を歪める、嫌な嗤いを見せると、
「そうだ、唯姫夜、お前暫く晴幸に着いて、書生の何たるかを学ぶと良い──うん、それが良い。そうしよう」
自分で出した案に、自分で賛成して見せると、
「てな訳で、ここに暫く唯姫夜を置いていく──何なりと遣ってくれ。なに、給金など不要だ、授業料だ」
強引に話を繰り出し、ワッハッハ──と笑った。
「おい、勝手に決めるな──」
一方的な申し出に、雷斗は慌てて断りを向けたが、
「どうぞ宜しくお願いします──。晴幸さん、ご指導承らせて頂きます」
それを無視するよう、深々と頭を下げた唯姫夜は、恭しく晴幸の手を取った。
「桐ヶ谷 先生、素晴らしい機会を頂き、有難うございます。では、今宵から、寄せて頂くことと致します、四万城先生、お世話になります」
悠聖に似て先走った強引さで、話をグイグイ進めた。
「いや──私はまだ承知したでは……」
流石に困惑を顕わに、雷斗が言葉を挟むと、
「ご迷惑でしょうか?」
まるで泣き出しそうなほど、瞳を潤ませた唯姫夜は、助言を求める具合に、悠聖へ目を向けた。
「書生との水入らずを、邪魔されたくは無いのかも知れないが、四万城先生は、そんな了見狭い男でもあるまい──」
雷斗の視線を受けた悠聖は、わざとらしく思いを巡らすように、『ふぅむ』などと唸って見せた。
「雷斗、唯姫夜が気に入らないか? そうで無いなら、どうか宜しく頼む。ほれ、この通り──」
テーブルに手を着いて、大仰に頭を下げ、倣うように、唯姫夜にも頭を下げられ、不承不承雷斗は頷くしか無かった。
最初のコメントを投稿しよう!