書生のたしなみ? ★閨のシーンあり

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書生のたしなみ? ★閨のシーンあり

──が。  夜更けて就寝時、思わぬ支障を来たすこととなった。  雷斗(らいと)から声が掛かり、手早く湯を遣った晴幸(はるゆき)は、軽く素肌に寝間着を羽織り、雷斗の待つ寝室の前へ遣って来た。 「先生──お待たせ致しました」  襖に手を添え小さく声を掛けると、『入って来い』と雷斗の声。音を立てないように襖を引くと、官能を煽る麝香(じゃこう)の香り──晴幸との閨に、雷斗が焚いて置いた快楽へ誘う悩ましい匂いは、クン──と胸に吸い込んだ晴幸の瞳を潤ませ、頭に広がった霞は甘く揺蕩(たゆた)う。  伸ばされた腕に誘われ、晴幸は、柔らかい布団の上へ堕とされた。優しく覆い被さる愛しい雷斗を、掻き(いだ)いた晴幸は、大胆に身体を開いて雷斗を迎えた──と、その時、二人の枕元にがたち、 「え?」「は──?」  同時に叫んだ雷斗と晴幸は、見上げた先に、爛と耀る二つの(まなこ)を見た。 「やや──君、唯姫夜(ゆきや)ではないか? 何故ここに」  相手を認識した雷斗が叫び、晴幸が慌てて、寝間着を胸に掻き合わせ、解れた腰紐をパパッと結んだ。 「晴幸さんの、書生としてのお勤めを、しかと、習得せねば、桐ヶ谷(きりがや)先生に怒られます故」  しらっと応えた唯姫夜は、 「ささ、どうぞ。お気になさらず、続けて、続けて」  枕元へ行儀良く、背筋をピンと伸ばして正座した。 「君、続けられる訳があるまい──ここは私の寝室だ。出て行きたまえ」  口調を荒げた雷斗の言葉に、口唇を尖らせ唸った唯姫夜は、目を吊り上げ、『宜しいでしょうか』と厳しく声を張った。 「四万城(よもぎ)先生、晴幸さん、自分はこの秋、念願叶って桐ヶ谷先生の書生に上げて頂きました」  一方的な話を始めた唯姫夜の顔が、窓を越えて届く、満月の光を浴びて妖しく照り輝き、沈黙の威圧に、雷斗と晴幸は、固唾を飲んで傾聴した。布団へ起き上がり、唯姫夜に倣って正座をした二人へ、 「お二人もご存知の通り、桐ヶ谷先生は、長く書生は取らず、直向(ひたむ)きに──只直向きに、ご自身の作品に向き合われて来ました」  満足そうに唯姫夜は一つ大きく頷き、釣られて雷斗と晴幸も頷いた。 「そんな先生が、何故、書生をと思われたのか、お二方にはお分かりか?」  唯姫夜の言葉は、些か詰問のように雷斗と晴幸に向けられ、思わず首を横へ小さく振った二人へ、 「でしょうね──分かりますまい……」  何故か呆れた風に、唯姫夜は鼻で嗤った。 「まぁ、ようござんす。とにもかくにも、自分は、桐ヶ谷 悠聖の書生として、先生にご満足頂ける存在で在りたいのです」  一息に言い切り、唯姫夜は大きく息を吸い込んだ。呼吸も忘れ、固まっていた雷斗と晴幸も、漸く息を吐き出した。 「兼ねてより、桐ヶ谷先生が、褒め讃える極上書生である、晴幸さん、貴方の働きがどんなものか、この目にしかと、焼き付けねば、私がお邪魔した意味など、無いではありませんかッ」  良く動く唯姫夜の口唇を、ぼんやりと眺めていた雷斗だが、 「いやいや、これは、書生としてでは無く──そのぅ……」  モゴモゴと言葉を吐いたものだが、唯姫夜の鋭い眼光と、険しい咳払いに一蹴され沈黙した。 「お二人がそのように、門外不出の秘め事とするならば、尚のこと、私はそれを習得し、桐ヶ谷先生に喜んで頂くことを喜びと──間違っておりますでしょうか?」 「いや、これは単に私事であって、そんな、門外不出と言うようなことでは……」  唯姫夜の剣幕に押されながら、弱々しく呟いた雷斗だが、 「私事とお言いでお逃げになられると。そんなコソコソコソコソと、隠し立てを? それは何ですか? 桐ヶ谷 悠聖(きりがや ゆうせい)になど、教えてたまるかと、そんな吝嗇(けち)な考えでいらっしゃると、私はそういう解釈で、宜しいのですねッ?」  膝で畳を擦って、詰め寄った唯姫夜は、グイと顎を突き出した。  押し黙ってしまった雷斗の、正座をした膝に乗せられた両の拳が微かに震えている。それに気付いた晴幸が、雷斗の短気を危ぶんで、寝巻の袖を引き『先生』と呼ぶと、 「ええぃッ、判った。ならばそこに座って見ているが良い──」  焦れた雷斗は叫び、晴幸が慌ててそれに首を振ったが、 「案ずるな。適当な処で暈化(ぼか)す故──」  晴幸の耳許へ囁き声で計画を伝えた。  斯くして、唯姫夜を観客のように、雷斗と晴幸の密事が再開された。  抱き合い甘い接吻けに始まり、優しく滑らかな軌道で繰り返される雷斗の愛撫に、当の晴幸だけでは無く、唯姫夜も堪らずため息を漏らした。晴幸の腹を滑った妖しい指先の動きに、 「そ……そのような場所を、そのように──あぁ、なんと言うことを──」  音量は抑えているものの、忙しく口走った唯姫夜は、グイ──と首を伸ばして其処を伺ったが、肝心な場所が寝巻で覆われ目視出来ない。 「あぁ……なんと焦れったい。ほれ、これ、もうちょっと」  などと口走りながら、暗闇に慣れた目を凝らし覗き込んだ時、廊下を走って近付く、喧しい足音が聞こえた。
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