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夜更けのボヤ騒ぎ
ドタバタと辺り憚らない足音に被さるように、呼ぶ声は女中の美代で、
「火事、火事にございます! 先生、起きて下さいッ!」
部屋の前で雷人を呼び、『失礼いたしますッ』と叫ぶと、返事も待たずと、勢いよく襖を引いた。
「なななんと、お三方お揃いとは。──いえ、よろしゅうご座いました、お隣から火が出ています、早く避難を──」
流れるような動作で、晴幸を布団から引き起こした美代は、『よっこいしょ』の掛け声と共に、晴幸を担ぎ、庭を越えて瞬く間に、勝手口から姿を消した。
「おい、主人の私を差し置いて──」
自分依りも、晴幸を優先した美代に向け、雷斗は不平を叫んだが、
「四万城先生、火は見えませぬが、家を離れた方が宜しいのかと」
頬を強ばらせた唯姫夜に腕を取られ、雷斗は、促されるまま庭へ降り、美代の後を追う形に、唯姫夜と屋敷の外へ出た。垣根を離れ立ち止まると、ガヤガヤと騒がしい隣家から、大騒ぎで飛び出して来た夫人と鉢合わせた。
「あぁ──四万城先生、誠にお騒がせして──」
相当慌てていたのだろう、大切そうに鍋を抱えて、片方の足は裸足だ。
「ゆうげに使った七輪の、炭の始末が悪かったもので、物置小屋が燃えまして──」
塀を透かして、隣家の庭へ目を向けた雷斗は、数人の男たちが取り囲む物置小屋を見た。鎮火はしたようだが、焼け焦げた嫌な臭いが、夜風に乗って雷斗の鼻に届いた。
騒ぎにしたことを、盛んに謝罪する隣家の夫人に、『ボヤで済んで良かった』と向けた雷斗が、顔を振って目を向けた先に、晴幸の肩を抱いた美代の姿があった。
相当に驚き、慌てたのだろう美代は、安堵を広げた顔に、ぽかん──と阿呆ように口を開いて、火元の物置小屋を眺めていた。隣の晴幸も、まるで幼子のように美代に身体を預けて、間抜け面で火元に目を向けていた。
(──主人の私って……一体──)
落胆に絡め、僅かの憤りを吐いた雷斗だが、大事にならず良かったと安堵を胸に呟き、唯姫夜を促し屋敷へ戻った。
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