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♥ ♥ ♥
桐ヶ谷 悠聖の書生、唯姫夜の書生修行は、三日間で終了し、迎えの車に乗って帰って行った。
それから暫くすると、『唯姫夜が世話になった』と、悠聖からの電話が四万城邸に入った。
第一線で活躍する作家の書生で、年頃も近くあった唯姫夜との交流は、晴幸にとって、大変有意義な体験だったと見え、この三日間で依り一層、書生としての自信も得たようだった。
半ば強引に押し付けられた、唯姫夜の書生修行であったが、雷斗にとっても、書生としての晴幸の成長と併せて、彼が、掛け替えの無い書生だと、再確認する良い機会となっていた。
「礼には及ばぬ。晴幸も書生として、だいぶ刺激になったようで、益々励んでおるしな──」
素直に思いを伝えた雷斗だが、悠聖は『ほぅ』と唸って、
『そうか。励んでおるか』
嬉々として、叫び、『そうかそうか』と繰り返した。悠聖の口調に、チラ──と不快を感じた、雷斗の眉間に苛立ちが刻まれると、その様子がまるで見えた具合に、悠聖はククク──と何時までも喉で笑った。
「何が可笑しいのだ?」
堪り兼ねて雷斗が問うと、受話器越しに高らかな笑い声を響かせ、
「悪い悪い。いや、晴幸の指導の賜物かな、唯姫夜も俺の書生として、励んでおるぞと──」
妙に含みを持った言葉を伝えた。
「お陰で俺は、毎朝腰が痛むがな──これは、『四万城流夜の極意』とでも名付けるべきかな」
言葉を失い沈黙した雷斗へ、満足そうに何時までも声を上げて悠聖は笑った。耳から遠去けた受話器を睨み、叩き衝けるように通話を切った雷斗は、
「あの悪魔奴──」
何時までも耳の奥に木霊する笑い声を、追い払う舌打ちをした。
椅子を回した雷斗が、窓から庭へ目を向けると、洗濯物を取り込みに、庭へ出て来た美代の姿が目に入った。白い割烹着のポケットに挟んだ、ブリキの洗濯鋏がキラリ──と陽光に耀いていた。
美代の気配を察知してか、ほどなく燐家の夫人が現れ、庭を覗き込みながら、この秋の、穏やかな気候を楽しく予測する笑い声を響かせた。
「夏の名残りか、寝苦しい夜も多ございますからね──」
薄着の就寝で寝冷えをして、些か風邪気味だと聞いた美代が、
「家の先生も、晴坊も、裸のまま寝就いてしまうことも多ございますから、私は何時も、夜中に布団を掛けに行くのが、日課ですよ」
ギョッ──と固まり、耳を欹てた雷斗は、『ここだけの話』と、顔を見合せ、イヒヒと嗤う女たちを見た。
赤面した顔を、慌てて背向けた雷斗の耳に、庭木へ遊びに飛来した百舌鳥の高鳴きが、キーキーキリキリと聞こえ、愛らしい囀ずりは、美代と隣家の夫人の話に、絶妙な調子で、軽快な相槌を打つかのようだった。
♥お わ り♥
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