265人が本棚に入れています
本棚に追加
「明石、廊下で隣のクラスの委員が呼んでる」
涼やかな声に二人で顔を上げれば、美しい顔がそこにあった。胸がどきんと跳ねる。
「あ! いっけね、休み時間に会議があったんだ。じゃあ、高槻、頼むな!」
「うん、わかった」
明石が慌てて行ってしまった席に、するりと雅が座った。
「……楽しそうだね」
「え? ああ、明石に頼まれたんだ。クラス委員の手伝い」
「バーベキュー大会?」
「うん、人出が足りないみたいだから。俺、料理は得意だし、バーベキューはちびの頃からキャンプでやってたから」
人気の行事だが、中にはさぼったり途中で抜け出す者もいる。一年の時は、そんな同級生たちの様子にびっくりしたものだ。日程表を見ているうちにどんどん楽しみになってきて、玲は思わず頬を緩めた。じっと自分を見ている雅に気がつく。
「雅、どうしたの? 何か用?」
「いや、俺もバーベキュー大会に参加するから。玲、俺にも教えて」
雅はポケットからスマホを取り出す。玲は一瞬、何を言われているのか、意味が分からなかった。
「え? うん?」
「玲も委員みたいなものだよね? だったら何かあった時用に、わかってたほうがいいかなって。さっき、明石にも教えてたでしょ」
「……うん」
スマホを握る玲の手に汗がにじむ。今、声は震えていなかっただろうか? 雅はすぐ目の前にいるのに、まともに顔も見られず、体中かちこちのままだった。雅に促されてなんとか操作を終えた。
「あのさ、時々送ってもいい?」
「え?」
「嫌じゃなかったら」
「も、もももちろん……」
声が上ずったところに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。雅が離れた途端に、玲の体からどっと汗が噴き出る。
(今のは、夢じゃないんだろうか)
玲はもう、雅の席を見ることなんか出来なかった。一年の時から誰もが人気者の雅を取り囲んでいた。その中に入っていくなんて無理だ。自分から雅に近づくことは出来なくて、それでも、本当は話がしたかった。雅からLINEが来るかもと思うと、胸の奥が痛くなって涙がこぼれそうになる。ぎゅうっと胸が痛くなった時に、手首から何かが落ちた。
足元に落ちたものを見て、茫然とする。それは、青紫の桔梗だった。今までは、家でしか現れなかった花。
(そんな。なんで……)
玲は震える手で花を拾い、そっと机の中に入れた。動悸が激しくなって、何も考えられなくなる。ふらりと眩暈がするのを必死で堪えた。夏の名残の陽射しで窓際の席は暑いのに、冷水をかけられたかのように体が冷えていく。
最初のコメントを投稿しよう!