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陽気な音楽が流れる中、各委員たちが一斉に緊張する。玲は、手でロブスターの殻をパリッと剝いていた。
「三位、一年五組。二位、三年一組、栄えある一位は……二年七組!」
「やった――ああああッ!」
明石が椅子を蹴って立ち上がる。他の委員も拳を上げていた。
「たかつきッ!」
「あいしてるーっ」
ロブスターの身を口いっぱいに頬張ったまま、玲は椅子から引っ張りあげられてもみくちゃにされていた。ふざけて頬にキスまでしてきたのは明石だ。明石の顔をバチンと叩きながら、皆で肩を組んでピョンピョン飛んだ。玲の心は幸せな気持ちでいっぱいだった。
「ちょっと手を洗ってくるね」
もうじき表彰だからと言われて、玲は手洗い場に向かった。体中汗をかいているけれど、手を洗っただけで涼しくなり、気持ちもさっぱりする。
「……雅、聞いてる?」
(みやび、って。あれは泉?)
手洗い場のすぐ近くには小さな倉庫がある。その陰から聞こえるのは、雅の幼馴染の声だった。玲が思わず近寄ると、泉が雅の体を壁に押し付けていた。
「最近、LINEに返事もくれないし話しかけても上の空だし。ねえ、どうしたっていうんだよ」
「泉にどうこう言われる覚えはないだろう。お前もいい加減、独り立ちしたらどうだ」
「ひ、独り立ちって……」
「俺とばかりいないで、もっと周りを見ろってこと」
「お、俺はッ、俺は……」
「お前は大事な幼馴染だ。だけど、俺には好きな子がいる。悪いが、お前の相手ばかりはしていられない」
雅は、自分を押さえつけていた泉の肩をぐいと押す。泉は呆然として、ふらりと後ろによろけた。
(……好きな子が、いる)
玲の耳には、周りの音が何も聞こえなくなった。賑やかな音楽も人の声も、照り付ける陽射しの熱ささえ、わからなくなる。
ドクン、と胸が激しく痛んだ。全身に寒気が走り、熱かったはずの体が一気に冷えていく。堪らず、その場に座り込んだ。
(……痛い、胸が痛い)
左胸を押さえた玲の手から小さな花が生み出される。手の甲から、手首から、指先から。苦しい心を、代わりに花が告げようとするかのように。
(だめだ。咲かないで!)
玲の目に涙が浮かび、ぼろぼろと零れても、花は幾つも幾つも生まれ続ける。玲は必死で、地面に落ちた花を拾った。ジャージのズボンのポケットに乱暴に花を詰め込む。中で花がぐしゃぐしゃに潰れていく。今まで一度も、花をそんな風に扱ったことはなかったのに。
(まるで……自分の心みたいだ)
生まれても生まれても、顧みられることはない。
「……玲?」
顔を上げると、雅が驚いたように玲を見ていた。涙で雅の顔がぼやけて、玲にはよく見えない。
「どうしたんだ? 何で泣いて……」
玲は立ち上がって走り出した。これ以上、そこにいるのは無理だった。自分の指先から最後に現れた桔梗を、雅が拾ったことにも気づかなかった。
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