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Ⅴ 花占い
『おはようございます。朝六時になりました』
枕元に放送が流れて、室内にぱっと電気がつく。目を開けたら病室の白い天井があった。
「玲くん、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「う……ん。だい……じょ」
「ああ、無理に声を出さないで。すみません、体温測らせてくださいね」
穏やかな看護師が腕をとって、体温計を玲の脇の下に挟む。やせ細った腕を痛まし気に見た後、体温を目にして眉が少しだけ顰められた。
「もう少ししたら、食事をお持ちします」
玲が頷くと看護師は部屋を出て行く。部屋は個室で、一般病棟からも離れているのだと聞いた。
看護師と医師以外は、兄しか入ることが出来ない。兄ですら、面会は週に一回までと言われたのを、土下座して頼み込んで、三日に一度にしてもらったのだと言う。
あの日、どうやって家にたどり着いたのだろうと玲は考える。学校にいたら、体からどんどん花が溢れてしまうかもしれない。自分の力で止めることなんて、きっと出来ない。怖くて怖くて、必死で走った。
玄関のドアを開けて、靴を脱ごうとしたところまでしか覚えていない。休みの日だったから、一階のリビングにいた兄が驚いて声をかけてきて、それで。
「お食事ですよ。……大変でしょうけど、少しでも食べてくださいね」
食事は白粥を中心に消化しやすい献立が用意されていた。玲の食事に制限はなく、何を食べてもいい。いやむしろ、少しでも多く食べて栄養をとらなければならなかった。だが、胃腸は日増しに食べ物を受け付けなくなっていく。
腕には何本も点滴の管が繋がれ、そこから栄養と水分を補給している。欲しいのは水。不思議なことに、日の光が浴びたいとも思った。
長い時間をかけて食事の三分の一ほどを終えた。それだけで疲れてしまって横になる。いつのまにか、とろとろと眠くなる。
(……誰だろう、話しているのは)
まどろんでいる玲の耳には、途切れ途切れにしか話し声が聞こえない。
『高槻さん、弟さんは眠る時間が段々長くなっています。食事の量は減り、欲しがるのは水と日光です』
『日光? こんなにどこもかしこも細くなって、弱っているのに?』
『不思議なことに、太陽に当たると容体が回復するんです。花現病は、まだまだわからないことが多いのです』
(花現病? ああ、やっぱり俺、あの病気だったんだ。じゃあ、いずれ……)
『……今後のことは何とも言えません。ただ、我々も全力を尽くします』
玲が目を開けた時には、誰もいなかった。窓からは秋晴れの青空が目に入る。玲は外に出たいな、とぼんやり思った。青空は楽しかった時を思い出す。
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