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――自分の手を、誰かが握っている。
ぎゅっと両手で握りしめて、小さく嗚咽を漏らしている。
もうずっと、玲の手を握りしめてくれた人はいなかった。原因のわからない病気だから、玲に触れる人たちは皆、マスクと手袋をしている。兄でさえ、直接肌が接触するようなことは医師に許してもらえなかった。
『最期の時には、手を握ってほしいな。怖くないように』
そう言ったのを、兄は忘れていなかったのだろうか。
おぼろげな意識の中で、懐かしい声が聞こえる。
「……今度こそ、間違えないつもりで来たんだ。俺は、すぐに気持ちを言えなくて、ずっと間違って来たから。時間はもっといくらでもあると思ってた。遅くなって、ごめん。絶対、まだ聞こえてるだろ。俺は、お前のことが好きだから。ずっと、ずっと好きだったから」
(……あれ。みや、び?)
「あの日、何ですぐに追いかけなかったんだろうって何度も思った。落ちてた花に気をとられて、泣きだした泉を叱り飛ばしてたら、もう玲はいなかった。スマホに連絡しても返事がなくて、玲の家も知らなくて……」
(ああ、そうだよな。俺、ほんとに何も言ってなかった)
「家がわかっても誰もいなくて、お兄さんとどこか遠くへ行ったって聞いた。……でも、ずっと探してたんだ」
玲の手の上に、ぽたぽたと幾つも落ちてくるものがある。握りしめてくれる手に自分も握り返して応えたかった。どうして自分の目は開かないんだろう。どうして、指先ひとつ動かないんだろう。折角、雅がいるのに。
(……みやび)
すき、きらい、すき。
玲が夢で見た真っ白な花びらが目の奥で揺れる。始まりさえ間違えなければ、絶対うまくいく。必死で口を動かした。声が出なくてもいい。どうか伝わってほしい。
「……す、き? 玲、好き、って言ったの? 俺も、……俺も好きだ」
(つたわ……った? 雅も、俺が、好き?)
「俺も、玲が好きだよ……」
涙が握りしめた手の上に降ってくる。幾つも、いくつも。
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