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Ⅵ 未来へ ※
『花現病患者、減少に転ず』
「……ようやくだね。原因が解明されてからも、長くかかったねえ」
「人間の心の問題だから、そう簡単にはいかないんだ」
「だから、お医者様はずっと忙しいままなのか」
「……でも、ちゃんと休みはとることにしてる。玲がいないと、俺の心がだめになるから」
ソファーで新聞を読んでいる玲の隣から長い手が伸びてきて、ひょいと膝の上に乗せられる。
「わわ! いつも一緒にいるじゃないか。同じ家に暮らしてるんだし」
「ようやくだ。玲の兄さんに何度頭を下げに行ったかわからない」
自分を腕の中に抱きしめながら、うなじから耳に口づけ始める恋人を、玲は肘で何度も小突いたが、彼が気にしている様子はない。
「……あ! もうっ! 今日は映画見に行く約束だったのに」
「まだ封切られたばっかりだし、人気作だから当分やってるって。……それよりも、玲がいい」
「先週もそんなこと言ってただろ! あっあ! みやびッ!」
「俺は、いつでも玲が腕の中にいるのを確かめたい。あの日、玲はもう俺の手の届かないところに行ったのかと思った。戻ってきてくれたから、もう二度と離さない」
玲が振り向くと、雅が両手で玲の頬を包み込む。優しくキスをされて、舌がそっと忍び込んでくる。玲は体の向きを変えて、雅の首に両手を回す。
あれから、十年が経った。
高二の秋に花現病を発症し、専門病院に三か月入院した後、玲は危篤状態になった。慶に連絡が取れた雅が病室に来るのが後少し遅れたら、おそらく玲はこの世にはいなかっただろう。
「あの時、雅が告白してくれなかったら、確かに俺は死んでたと思う」
「こっちが死にそうになるから、もう言わないでほしい。俺は、玲は明石が好きなのかと思ってたんだ」
「俺はずっと、雅しか好きじゃないよ。あの桔梗の花の数ぐらい」
「……うん」
玲は、雅がいつも花の話をすると泣くのを堪えているのを知っている。
雅は元々理系だったが、高校卒業後は付属大学の医学部に進学した。その理由は花現病を研究し、玲のような患者を治したいと思ったからだ。危篤状態から脱した玲は、花現病の臨床研究に参加を求められ、ずっと協力してきた。
今では花現病は片思いの患者が発症し、両思いだとわかった時に完治する、と言われている。また、花が体から現れる過程で、まるで自身が花のように水や日光を強く求めるようになることもわかった。心因性の部分が大きいので、まだまだ未知な点が多い病だ。
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