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「あー……また、あの夢」
目覚めた時にはもう、夢はおぼろげな輪郭しか残っていない。たまに見る、花と白い手しか見えない夢。制服に着替えて、高槻玲は大急ぎで階下に向かう。
とっくに朝の支度を終えた兄が、おはようと笑い、手際よく玲の前にこんがり焼けたトーストを置いた。
おはよう! と叫んで椅子に座れば、今度はぷるぷると黄身が半熟になったベーコンエッグが出てきた。
十歳年上の兄の慶は、器用で優秀な男だ。残念ながらそこまで出来がよくない玲は、トーストにベーコンエッグを丸ごと乗っけて口の中に放り込む。時間がないからと、半分牛乳で流し込むようにしてむぐむぐ食べていると、兄に小さなため息をつかれた。
「れーい! お前また、夜遅くまで起きてただろう? 顔色悪いぞ」
玲がえへへと笑うと、ぽんぽんと頭に大きな手が乗る。大好きな兄の大きな手に、玲の心が温かくなる。両親が事故で死んだ後ずっと、弟の玲を親代わりになって育ててくれた手だ。
兄の慶の席の前には、コーヒーと新聞があった。慶が新聞を手に取ると、ちょうど大きな見出しが玲の目の前に来る。食い入るように見ていた玲に気が付くと、慶は、ああ、と呟いた。
「お前たちぐらいの年頃が特に多いからな」
『花現病患者、急増』
その文字に、玲はまるで素手で心臓を掴まれたような痛みを感じた。兄には言っていないが、一週間前、同級生がクラスで倒れた。
プライバシーに関わる部分が大きいから、学校から公表はされなかったが、あれは間違いなく花現病だと思う。同級生の体からは、蕾が開いたばかりの白い花が幾つも溢れていた。そして、彼は現在も学校を休み続けている。
「かげんびょう、か。三年前には聞いたこともなかったのにな」
「うん。あれからだよね。ドラマのロケ」
玲の言葉に、慶が眉をひそめて頷いた。
花現病がいきなり大きな話題になったのは、一つの事件からだった。
人気ドラマの撮影中に若手俳優が突然ファンの前で倒れたのだ。しかも、公開されていた野外ロケの最中だった。
倒れた彼の体からは一斉に花が現れた。皮膚の出ている場所から、次々に赤い花が溢れて体を覆いつくす。周囲のどこにもなかった花は、まるで彼の体から湧き出た血のようだった。
現場は大混乱になり、すぐに病院に運ばれたけれど、若い命は助からなかった。事件の目撃者が多すぎて瞬く間に話が広がり、一種のホラーだと騒がれた。しかし、半信半疑の者も多く、集団的な幻覚を見たのだろうとも言われた。ところが、その後、あちこちで同じように倒れる者が続出したのだ。
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