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ある日突然、前触れもなく皮膚から花が現れる。種類も色も様々で、大きさはどれも三センチぐらいの小さなものだった。それはまるで体の中の血液で出来ているかのように、花が出現するほど人は生命力を失くす。
花が溢れ続け、動くことも食べることもできなくなれば、死に至る病だ。研究は始まったばかりで、患者が増えても何も出来ない状態だった。
「現代の奇病か。そりゃあ、そうだよね。何でそうなるのかも、どうしたら治るのかも全然わからないんだから」
玲が新聞を見ながら言えば、慶がちらりと壁の時計を見る。兄の視線を追って、玲は思わず立ち上がった。
「もう時間ない! ごちそうさまッ!」
最後の一口を飲み込むと、勢いよく家を出る。慶が何か叫んでいるが、玲には聞いている暇はない。
玲は道路を全力ダッシュした。高槻家は駅まで歩いて十分、駅向こうの高校まで十五分。そして校門から教室まで五分なのだ。走ればそれが、かなり短縮できる。玲は閉まる直前の校門に飛び込んで、何とか始業前に自分の教室の扉を開けた。
「えええ? うっそおぉ」
だが、教室の中には誰もいなかった。
(……あり得ない)
前の黒板を見れば、大きく『授業変更! 着替えてすぐに、グラウンド集合!』と書いてあった。
玲の脳裏に昨日の帰りのホームルームの光景が浮かぶ。担任がそんなことを言っていたような気がすると思っても、もう遅い。よろよろと窓際の自分の席まで行くと、グラウンドの中央に集まる同級生たちの姿が見えた。見覚えのある後ろ姿が幾つもある。
(確かにあれは、うちのクラスだ)
泣きたい気持ちで椅子に座り込むと、からりと扉が開いた。
「あれ、なんで玲しかいないの? 他の皆は?」
クラス一の美形が遅刻をものともせずに平然と教室に入ってくる。思わず、涼し気な美貌に見惚れたけれど、ずっと見続けるわけにもいかなかった。
「あそこ」
力なく指差すと、ああ、と納得して彼が頷く。すらりと見上げるような長身が、特に急ぐ様子もなく、玲の前の席に座る。窓の外をちらりと見て、彼は玲に視線を移す。
「玲は行くの?」
「……授業なんだから行った方がいいと思うけど、俺はもう無理。家から必死に走ってきたのに。一限から体育なんて出来ない」
「へえ、可哀想に」
全然可哀想だと思っているようには見えない。美しい顔立ちの男は爽やかに笑って、玲の髪をくしゃりと撫でた。心臓が口から飛び出しそうになったけれど、玲はなんとか気持ちを抑えることが出来た。
彼をみるたびに、名は体を表すという言葉を思い出す。みやび、なんて名前が似合う男が現実にいるとは思わなかった。
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