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二条雅は、端正な顔に均整の取れた体、加えて優秀な頭脳と、およそ人が望むものを片端から備えているような男だった。彼を見るたびに、玲はいつも不思議な気持ちになる。
雅はいつも涼しげで、慌てることがない。一年の時も同じクラスだったけれど、汗をかいたところを玲は見た覚えがなかった。走らせたら、それこそ陸上部より早くて、誰もが見惚れてしまうほどなのに。勉強も学年ではいつも一桁台だけれど、必死で勉強している様子もない。
「ああいうやつを地頭がいいって言うんだ」
「しかも、二条ホールディングスの息子だって! まあここに通うやつは、そこそこの家の息子ばっかりだけどな」
同級生たちの言葉を思い出す。雅の手は玲の頭に置かれたまま、長い指先で髪を弄っている。綺麗な指が触れている場所がドキドキする。
「み、雅はグラウンドに行ってきなよ。俺、雅たちが頑張ってるのを見ながら、ここで手を振ってるから」
「何それ。玲一人じゃ寂しいでしょ。俺が一緒にいてあげる」
雅はくすくす笑って、玲の髪をぐしゃぐしゃにした。いきなりそんなことをするから、玲の動悸は激しくなり、頬まで熱くなる。普段なら雅に憧れてるやつらから厳しい視線を浴びるところだが、今なら誰もいない。玲の胸の奥にぽっと温かな気持ちが湧いてくる。
「別に寂しくなんかないから」
頬を机に付けて窓の方を見たまま呟けば、ふっと頭の上に影が差す。鼻腔を甘い香りがくすぐって、えっと思った時には、切れ長の瞳がすぐ近くで玲を見ていた。
「素直じゃないなあ」
雅の言葉に思わずかっとして、玲は何も言えなくなる。その時、再びからりと教室の扉が開いた。
「雅! いるんだろ?」
「泉」
「やっぱり! いないな、って思ったから抜けてきたんだ。なあ、ちょっといい?」
(美しい者には相応に華やかな者がついている)
佐伯泉は隣のクラスだが、目鼻立ちのはっきりした目立つ存在だった。雅とは幼馴染で、まるで太陽と月のようだと言われていた。そういえば、体育は隣のクラスと合同だった。この分では他にもサボりを決め込んだ者がいそうだと思う。
雅は、すっと玲から離れて、教室の入り口に向かった。ぱたんと扉が閉まって一人きりになると、玲には急にいつもの教室が広く感じられた。
「一緒にいるなんて、嘘じゃないか」
(……唯の軽口だとわかっていたけど、嬉しかったのに)
ズキンと痛むのは左胸だ。そこを抑えるように強く押せば、痛みが少しは軽くなる気がする。雅を見るたびに、いつの間にか身についた玲の癖だった。
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